2019年02月11日

シバレルなんてもんじゃなかったね!!!

2月6日から9日までの間 道東のある街に行くことがあった。
 築60年の実家は 石膏ボードとモルタル造りの昔風の家
建築当時は断熱材を入れるという発想もなくこんなもんだと思っていた。
一階はだだっ広いお店のショーウインドウで 2階が高校時代の私の部屋
真冬は 寝息がかかる掛布団には 霜柱が立つほどの寒さが常態であった。

 あれから?十年 さすがにあの部屋に泊まれとは言わなかったが 建付けの悪い家はそのままで 一階の仏間にフカフカの布団と分厚い毛布の寝床を準備してくれた。
北海道特有の一日中石油ストーブを炊きっぱなしで暖を取ってくれ 電気毛布をつけてくれた。それでも夜中に寒さで何度も目が覚める毎日であった。
髪の毛も頬っぺたもヒヤッとするほど冷たく久々に高校時代を思い出した。

 8日は陸別が‐31.8℃と最低気温を記録していたが わが町も-30℃ 店の事務所はストーブを炊いて1時間以上になるのに-10℃を上回ることはなかった。
スキーに行くとき以外 パッチを履くこともなかった私が パッチに靴下、フリースを着て電気毛布のお世話になったのは生まれて初めての経験であった。

 霜柱の立つ部屋で平気で寝ていた高校生時代はいかにエネルギーがあったか・・・。
それに比べて今は トホホ・・・。
posted by 木漏れ日 at 14:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月29日

中国に気を使いすぎる朝ドラの『まんぷく』

 安藤サクラがかわいくて毎日 朝ドラの『まんぷく』を楽しみにしている。
NHKの番組紹介では 
今や私たちの生活に欠かせないものとなった「インスタントラーメン」を生み出した夫婦の知られざる物語を描きます。
何度も失敗してはどん底から立ち上がる"敗者復活戦"を繰り返した末、二人は世紀の大発明へとたどりつく
――人生大逆転の成功物語です。
※実在の人物をモデルとしますが、激動の時代を共に戦い抜いた夫婦の愛の物語として大胆に再構成し、登場人物や団体名は改称した上、フィクションとしてお届けします。としている。

 最初から気にかかることは 立花萬平さんのモデル安藤 百福(あんどう ももふく)に関して一切出てこないのは如何なものか。
安藤 百福は日清食品(株)創業者で日本統治時代の台湾出身。元の名前は呉百福、民族は台湾人。1966年(昭和41年)に日本国籍を取得した。
 
 台湾人が日本で世界に誇るべき大きな仕事をし 大成功したことをなぜ隠す必要があるのか。日本人の悪い癖が出て中国からのクレームが怖くて百福さんの氏素性を隠しているとしか思えない。日本統治時代の台湾人の生きざまは絵になると私は思うのだが・・・。
NHKよ! 中国の手先にならず日本人としての誇りを持ってくださいよ・・・。

 この物語では最初から「ラーメン」とカタカナ書き使っているが 日本では明治から昭和初期までは、「南京そば」「支那そば」と一般に呼称されていたはずであり、1946年に中華民国(当時の中国の国名)の名称として支那という単語の使用自粛が外務省事務次官通達により要請されたことから、中華そばという名称が生まれ、支那そばに代わって中華そばと一般的に呼称されるようになった。
 「ラーメン」という呼称が多数派となったのは、1958年(昭和33年)に発売された初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が普及したのである。
 北海道では当時ラーメンより「うどん」「そば」が主流であり 「支那そば」「インスタントラーメン」が一般的になったのは昭和40年前後であったような気がする。
 今では札幌ラーメンが全国区になっているが 狸小路の奥まったところでアッサリ味の「支那そば屋」が繁盛している。
これも「支那」という言葉を使いたくないNHKの中国に対する「忖度」か 情けないね・・・。






posted by 木漏れ日 at 20:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする