2015年04月21日

終活とBook Off

数年前から「終活」と言う言葉が流行っており、本屋でも終活に関する本が売れているらしい。
人生の終末段階を心置きなく過ごすためには、身の回りを綺麗にしておく必要がある。
遺言を書く人、財産分与する人、人間関係のもつれの修復、長年溜めた私物の整理をする人と色々である。

かねてより我が山の神どのから、「本を何んとか始末してくれないと家の床が抜けますよ!」と言われていたが、読書の趣味が邪魔をして、踏み切れないでいた。
しかし、家もギシギシと悲鳴を上げるようになり、本の重さで床が抜けても困るので、本を捨てる一大決心をすることにした。

昔は2〜3年に1回は転勤があったので、その度ごとミカン箱に入れて処分していた。
しかし毎日が日曜日の今、転勤も無くなり本が溜る一方。
4個ある本箱も前後2列に収め最早入る余地なしの状態。

 どのように処分をするかといえば、Book Offへの持ち込み、宅配便(送料無料)、町内の分別回収、ゴミとして処理のうちnetで申し込める宅配便を頼んだ。
第1日目はミカン箱×6個、第2日目はミカン箱×7個 計13個を処分した。
佐川急便の宅配業者が自宅まで取りに来てくれたので、私は箱に入れて玄関まで出すだけという気軽さ。
売上金は楽天銀行の口座に振り込まれるらしい。

所蔵する本の3分の1は処分したが、出張のたびに神田の古本屋街を漁り歩いて1冊ずつ手に入れた59冊もの「一億人の昭和史」シリーズ、「目録20世紀」全巻、一品ものの事典、今では絶版になっている希少本やブログのネタ元になりそうな資料本は捨てきれなかった。
カテゴリー別にいうと歴史もの、武士道関連本、辛口コラム、古代史関連、近現代史関連が残ってしまったのだ。まだ捨てなければならないものは25年かけて分類整理した資料集が40〜50冊、200〜300枚のCD、その他諸々。
勢いで捨ててしまったモノの中には、今考えるとあの本だけは捨てなければよかったと後悔しているものが数冊。後悔先に立たずである。
これで一時休憩して、残りの処分は後で考えることにした。

 本を処分するということは、私が大事にしてきた内面の強さのネタ元を無くしたようなものである。また乏しい小遣い(女房には叱られそうだが)の大半を費やすことにより、長年かかって買い集めた本である。当然愛着があり、私にとって片方の翼を削がれたような気がする。

TV番組のセリフじゃないけれど、”何かを得るためには何かを捨てなければならない”
切ないですな・・・ご同輩!

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2015年04月15日

ママチャリオヤジさんにエール

 北海道も雪が解けて春らしくなってきた。
私も脚力が落ちていたのでウォーキングを始めた。
体調を崩して以来引きこもりがちの自分に気合を入れるため、ラジオ体操と2kmのノンストップウォーキング(ストック)を荷している。

 今日は朝から小雨が降っていたが、ようやく晴れたので14時頃出かけた。
堤防方向からママチャリに乗ってきた来たオヤジさんと世間話。
見たところ60代半ばで、どう見ても冴えない服装をしている。
ボロボロのママチャリの後輪はタイヤが裂けており、黒いビニールテープをぐるぐる巻きにして補強している。
 「ところでどのくらい歩いているの?」とオヤジさん。
「身体の調子を見ながら30分程度ですね、あなたはどのくらいですか」と私。
「1日に50kmから70kmです」とオヤジさん。
「この自転車でですか、すごいですね!」と私。
「これは見てくれは悪いけれど空気注入不要のパンクレスチューブを使っているんですよ」とオヤジさん。
なるほどタイヤが切れてパンクレスチューブが5cmほどはみ出ている。
私は妙に感心をし納得をした。

 オヤジさんは勝ち誇った様子を見せて立ち去った。
見たところ前歯がない割には黄色く剥きだした太い犬歯が2本、その力強さを表していた。
思わず頑張ってくださいとエールを送った。
posted by 木漏れ日 at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月08日

桜の時期に思い出すこと

私は富士山と桜が大好きなオジサンを自負していた。
若いころは富士山の麓の御殿場市に住んでいたことがある。
春夏秋冬の富士山の美しい風景を当たり前のように見ていたが、
転勤で富士を離れると妙に懐かしく感じて、わざわざ東京から一家で富士登山に来たものであった。
桜は九州の久留米をはじめ東京の千鳥ヶ淵公園、靖国神社、上野公園等、北海道松前城、札幌円山公園、新ひだか町の二十間道路桜並木等日本全国の桜めぐりが大好きであった。
秋は紅葉を求めてと、日本の美が私のDNAにしっかりと刷り込まれているらしい。

 二昔も前のことである。
私はある組織の長をやっていた。
私の管理する敷地には毎年問題が起きていた。
それは電線の真下に桜が生い茂っていて、電線を保護する伐採作業が必要であった。
その桜は先輩たちが植樹し、後輩たちが何十年もかけて大事に育てたのであり、
その見事な枝ぶりは皆の自慢であった。

 あるとき出張から帰ると、道路周辺がやけにすっきりしており何か変だなと気づいた。
幹の太さが30cmもある桜木が30本あまり切り倒されていた。
下手人は私の部下であった〇管理科長以下20数名
あまりにも想定外のことであり、私は完全に頭に血が上っていた。
私より5歳も年上の彼を呼びつけて、私の許可もなく何故あのような行動に走ったかを問いただした。

 彼は毎年起きている伐採の問題点を解決するためにやったという。
また新しい桜の苗木を植えますので問題はありませんという。

 私は自分の部下を大きな声で叱責をすることはないように努めていたが、この時ばかりは「取り返しのつかないことをやって・・・許せない!」と頭の血管がブチ切れんばかりに声を張り上げた。
普段はふてぶてしい50男も真っ青になってガタガタ震えていた。
それでも治まらずに、優秀だと評価していた〇営繕班長にも「お前がついていながら、なぜ止められなかったか」の問いに終始無言であった。

 私の組織の不始末を上司にお詫びしてこの件は一件落着とした。
怨念は心の中に抑え、じごは整斉と仕事に励むことにした。

 しかし桜の時期になるとあの苦い記憶が甦ってくるのは歳のせいとばかりは言えないね。
毎年見事に咲いていたあの桜の怨念が私に乗り移っているとしか思えないの私だけでしょうか・・・。
posted by 木漏れ日 at 10:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする