2016年01月22日

新年初転び

道央地区は例年になく雪が少なく過ごしやすい1月である。
健康回復のため毎朝1時間前後のウォーキングを実施している。
毎日同じコースだと飽きが来るので、約10コースを選定して気の向くまま歩くことにしている。
山の神も私もダイエットのため歩くというので一緒に歩いている。
というのも、私の歩く姿を見ていて何かあったら大変だからと保護者のつもりで歩いているらしいのだ。
もっとも、私は南国育ちの山の神は雪道の歩行は決して軽快な歩きではなく危なっかしい歩き方に見えるのだが・・・。
病み上がりの身としては、6〜7km歩けるようになったのがここ1か月余りで、偉そうなことは言えた義理ではない。
 今朝も圧雪アイスバーンの上に5cmほどのサラサラ雪
交差点を渡るときは山の神が安全第一とばかりにヨチヨチ歩くので安全な歩道を選んで歩くように努めていた。
 
 自宅まで800mを残す地点まで来たところ、車の洗車場があり、路面もしっかりしているように見えたので安心して歩いていた。
”アッ”と思ったとたん左肩を路面に打ち付けていた。実は頚椎症で左肩が痛くて思うように動かなかったのだ。
しばらくの間、激痛が走りその場に座り込んでしまった。
山の神はびっくりして”お父さん お父さん大丈夫?”と吠える。
間もなく肩の痛みもなくなり、他はどこも打っていなかったみたいですぐに立ち上がりスタスタと歩くことができた。
”お父さん 本当に大丈夫なの?”と五月蠅いので、”大丈夫だから心配するな!”と私
人通りの多い時間なので、私が見栄を張って我慢をしていると思ったようだ。
家までの道のりは”そこは滑るから気を付けて!”と立場が逆転してしまった。
主導権を握られた私としては、口うるさい山の神のご指導を受けながら毎朝のウォーキングになることは必定であり、
まいったなあ こりゃ!
posted by 木漏れ日 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月20日

王者らしからぬ白鵬の目つぶし

◆大相撲初場所9日目 ○白鵬(上手出し投げ)栃煌山●(18日・両国国技館)
西横綱・白鵬が因縁の対決でまた奇策を出した。先場所に横綱が猫だましを繰り出して物議を醸した相手、東関脇・栃煌山を上手出し投げで下した。立ち合い、右手で視界を遮る“目くらまし作戦”の奇襲に、館内はブーイングの嵐。

マスコミは“目くらまし作戦”の奇襲と簡単に片づけるが、あれは明らかに空手でいう”目つぶし”である。
目つぶしといえば、Vサインで両目をつく技と思いがちであるが、本当は熊手のように5本指で顔面をつき、どの指か1本は目を貫く必殺技である。
 白鵬は明らかにこれを狙ったものと思う。額に当たったから良いものを実際に目に刺さっていたなら失明は避けられなかったはずである。なぜ横綱がこのような卑劣な行為をするのであろうか。格下のものは横綱の頬に張り手をしたりはしないのは何故かといえば横綱に敬意を払っているからであり、白鵬は何をやっても許されると勘違いをしており、横綱にだけ許されているものではない。
勝負事は対等な立場で闘うべきものであり、幕下当たりの関取が張り手と称して掌底で白鵬の横っ面を張り倒すことも可能である。
しかしお互いにこれをやれば喧嘩相撲となり、神前で闘う相撲ではなくなるのである。

 最近の白鵬を見ていると格下の力士をなめ切った態度がみうけられ、横綱としての品格に欠けている。
たとえ格下であろうと戦う相手に敬意を払うという相撲道の美学は理解できないのだろうね。
 観衆からは「モンゴルに帰れ!」などの怒号が飛んだとあったが、相撲道というものを今一度深く見つめなおすことが必要とされてきているのではないだろうかと思う今日この頃でした。
posted by 木漏れ日 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする