2016年05月28日

小さな親切大きなお世話

田中陽希の「日本二百名山ひと筆書き」の番組をよく見る。
彼の人柄の良さ、頑張り、鍛えられた肉体等おばさんばかりでなく、
枯れすすき状態のおじさんたちも感動をし、共感与える何かがある。
100名山のときは山仲間が頂上で拍手で迎えるということはほとんどなかったが
200名山になってから田中が歩きやすいように道を整備してくれたり、
頂上で拍手で迎えるという場面が多くなっている。

冒険家の田中が足に痙攣を起こしたり、水を飲み切ってフラフラの状況で登っていくことに
感動を覚えるのに、なぜか素人さんが小ぎれいな服装で、爽やかな雰囲気で待っているのだ。
先日の場面では、彼は相当に落ち込んでいた。
しばらく不機嫌で礼儀正しい田中とは思えない態度であった。
ここで田中の心境を考えてみると、プロの自分がヒーヒー言って登って行っても
素人さんが笑顔で迎えてくれる
田中はきっと口には出さないけれど「俺の立場はどうなるのだ!」と・・・。

善意に溢れる山ガールたちはこの全般の読みができておらず、
「ただ彼の頑張りに拍手を送りたいのだ。それがなぜ悪い!」と・・・。
ただあなたたちの純な気持ちが、この険しい谷を登り、命の危険を犯しながら山を登っていく
冒険家田中陽希の雄姿を期待している我々田中ファンの期待する感動をぶち壊しているのです。
山ガール、マウンテン・ボーイの皆さんそろそろ田中陽希を解放してあげませんか・・・。
posted by 木漏れ日 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

リオ出場の芽を摘んだタイチーム監督の抗議

バレーボール女子のリオデジャネイロ・オリンピック世界最終予選(東京体育館)が始まっている。昨日の対イタリア戦で負けはしたが長岡・木村の大活躍で薄氷のリオ行き切符を勝ち取ることができた。
本当におめでとう!

しかし18日の日・タイ戦は何とも後味の悪い試合結果であった。
最終セット、12-8から、監督の執拗な抗議に対して主審からレッドカードを出されて1点を失うと、12-13の場面でも選手交代に難航する遅延行為でさらに1点を失った。

第5セットは最終的にレッドカードを2枚出され、2点を失って今まで完全にタイペースで日本の負け試合とみられていたが、これで日本は息を吹き返し、奇跡の大逆転をすることができた。

タイのキャテポン監督は、誰が見ても必要以上に抗議をしているなと感じたと思うし、審判がタイ側にペナルティーを与えるのも仕方ないと思ったに違いない。

後先を考えず抗議を繰り返したタイのキャテポン監督は、9割は日本に勝っていたと思われる試合で勝ち点を失い、アジア地域NO1の可能性も十分にあったタイチームの足を引っ張ったのは指揮官として切腹ものであったと言わざるを得ない。
馬鹿な監督のおかげでタイチームは泣き、日本は勝ちを拾ったわけですから、リオではタイのためにもぜひメダルを獲得してきてもらいたい思うが、
それでもタイチームに憐憫の情を感じるのは私だけであろうか・・・。タイの皆さんごめんね。
posted by 木漏れ日 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月19日

白鵬に分かって欲しい日本の心

 ここ数年白鵬の相撲に対する取り組み方が異常だと思いませんか
・例えば勝負がついているにかかわらず土俵際のダメ押し
・対戦相手の声援が多いと異常なほど闘志を燃やす
・横綱という相撲の最高峰まで上り詰めた男が左の強烈な張り差し、顎を狙った右のかちあげ
・30から45本の賞金を獲得した時の勝ち誇ったパフォーマンス
・大横綱と自称する男が自信のない立ち合いの変化
・空手の目つぶしを使って相手を怯ませる品のなさ
・白鵬は大記録を更新する度に大横綱をそれとなく自称するが、誰も誉めそやすものなしにイラつく

◆日本人の心
・判官びいき
 日本人は昔から弱い者の味方の傾向があり、強いものは嫌いじゃないけれど自然発生的に弱者と思われる側を応援してしまうのである。源義経然り、遠山の金さん然り、相撲でいえば小兵力士が横綱に立ち向かっていく姿に共感を覚えるのであり、必死にもがいてでも立ち向かう姿は自分に擬えて応援してしまうのである。
 大東亜戦争の終戦直後、インドネシア、ベトナムで植民地軍のオランダ・フランスを相手に、現地の若者とともに義のために戦って命を落とした若者がたくさんいたように、日本人は損得なしに「無の精神」で戦った実績があります。

・謙譲の美徳
あなたは「お強いですね」または「優秀ですね」と言われたら、心の中で「その通りだ」と思っていても必ず「そんなことはありません」と謙遜しますね。日本人の会話はそれでお互いが納得しバランスを保っているのです。
 国民は口では指導力のある政治家が欲しいと言っても、農耕民族の習い性から程々の指導力を欲しているのであって、決して独裁的な指導者を欲していないのです 。
日本においてはプーチンのように強健な肉体を誇示する指導者は敬遠されるのがおちであろう。
 モンゴルやロシアには日本のような美徳はありませんから理解できないのも無理がありません。
しかしモンゴル人が日本の伝統文化を背負って立っているのですから誰かがキッチリと教えなければなりません。
でも白鵬を指導できる力と誇りを持った者がいない相撲協会では無理だなコリャ!!!
posted by 木漏れ日 at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする