2009年02月26日

お酒の飲めない遺伝子とお酒の効用

子供の頃からお酒には縁がない
我が家は1年に1回、お正月に一升瓶を買ったらそれで終わり
無病息災を願って小さな杯でお屠蘇を飲んだら、
父親はもちろん兄たちも1年間お酒を飲むことはない
何を隠そう親子揃って飲めない体質なのだ

そういうお酒と縁がない家庭に育った私は、
お酒飲みの修行にエライ苦労をするのである
我が家にはお酒に酔ったお客さんはほとんど来ない
たまに来たら母親も潔癖症の兄たちも「酔っ払いの便所は臭い」とか
「息が臭くて話がクドイ」等 とにかく嫌なのである

そんな家庭に育った私は、大学の運動部に入り、
練習が終わった後に部室で、4Lヤカンに入ったお酒を湯のみ茶碗に注ぎ、先輩たちにお酌をするのである

大学時代に少し飲むことを覚えたが、
付き合いで飲むだけで自ら進んで飲むことはなかった
それでも雰囲気は好きだったので、
コップ1杯で1時間でも2時間でも持たせることが出来た
当然酔うことはない。
いつも酔っ払いの面倒を見るために待機しているようなものであった

やがて社会人となり1年間の教育期間を終了し、幹部職を取ることになった
この職場は人間関係を大事にするため、飲む機会が多く、飲み会は無礼講が原則
20人余りの部下を持っているので、彼らは次々にお酒を注ぎにくる

最初はまともに受けていたが、元々下戸に近い私はすぐに酔っ払ってゲロを吐いて引っ繰り返る
すこし抑え気味に飲んでいると、「俺の酒が飲めないのか?」と部下が絡んでくる
すこし利巧になった私はテーブルの下にはドンブリが2個
飲んだ振りしてはドンブリにお酒をあけるの繰り返し
あれから相当酒飲みの練習をしたのだが、
いまもってヒト様の飲み代まで支払っている

それでもお酒が人間関係を作ってくれるという日本の文化を否定できない私は飲み会を大事にしている
今までに色々な人と本音で話し合い問題解決に役に立ったのは確実である
また声を荒げて激しく論争をしたこともあったが、
結果的にはプラス面のほうが多かったと思うのである

最近、大学生と話し合う機会が多くなってきた
彼らは失敗が怖くてお互い本音で話し合うことはほとんどないという
恋愛についても失恋が怖くて女性にアプローチが出来ないとも言う

先日、彼らに提案した
350mlのビール1缶でもよいからお互い持ち寄って話をしないかと・・・
そうですねと言ったきり・・・である
趣旨に賛同しても、誰もリーダ・シップを取ろうとしないのだ
ならば大昔のガキ大将がリーダになるぞ・・・と妙に張り切るお父さんでした チャン・チャン
posted by 木漏れ日 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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