2018年01月16日

成績の割にはチヤホヤされる松井秀喜

 巨人軍のPR新聞である読売新聞に松井秀喜と原辰徳が野球殿堂入りの記事が出ていた。
原前監督にはついては指揮官として選手としてそれなりの成績を残しているのでああそうなのという感じで捉えたが、松井秀喜に関してはまた松井かよという本音である。
 松井秀喜については確かに巨人ファンには人気はあったけれども、読売新聞でさえ日米通算507本塁打としか紹介されていない。彼と同列の成績を収めた選手は外にも何人かおり特出には値しないと思うが如何かな。
 巨人とヤンキースで主力となって活躍したというだけで目立った記録も残しておらず、国民栄誉賞の時だってWBCを2度も辞退し日本のために頑張ったという実績がなく、かなり多くの国民があの長島が無理押しをしたなという反感が渦巻いたものである。
今もってあのW受賞には納得がいかない。
あの時なんで唐突に彼らの名前が出たのだろうという人たちが多かったのを思い出すのは私だけだろうか。
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2018年01月09日

成人式に思う

 東京都内や横浜市で着物のレンタル業者と連絡が取れなくなり、成人式に振り袖が届かない被害が相次ぎ問題となっている。
 7日は北九州の目立ちがりやのバカ者がいや失礼若者がネタ欲しさだけのマスコミを相手に
キチガイ沙汰のパフォーマンスをやって大騒ぎをしていたが、8日はレンタル業者が振袖詐欺をやって、若者の人生たった一度の成人式を台無しにしていた。
 いつからこんなバカ騒ぎを含む派手な成人式になったのだろうと調べてみたら、敗戦まもない1946年(昭和21年)11月22日、蕨市において実施された「青年祭」がルーツとなっているという。
 その後政府は、1948年(昭和23年)に公布・施行された祝日法により、「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」の趣旨のもと、翌1949年(昭和24年)から、1月15日を成人の日として制定した。
 1998年(平成10年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)に伴って、2000年(平成12年)より、成人の日は1月第2月曜日へ移動している。
 この辺から国民の関心が薄れてきたことは否めない。

 ところで日本国民は年間どのくらい休みをとっているか考えたことがありますか。
・国民の祝日が16日間
・年末年始の5日間(年次休暇)
・お盆休暇が5日間(年次休暇)
・年間通して土・日を単純計算をして104日間
130/365日
その他に有給休暇・病気休暇を合わせると単純に3日に1日は休みになる。
・年次有給休暇が最大20日間(含む 盆暮れの年次休暇10日間)
・病気休暇は連続して90日間まで

こんなに働かない国民はいるだろうか。
 ハッピーマンデー化する構想が出た時に与党が「祝日の本来の意味が失われる」と反論したことがあった。メディアは連続した休暇が取れることはウン十億の経済効果があると後押し国全体の経済効果というものを考えていなかったように思う。
今や我々無為徒食のものさえ”今日の旗日は何の日だ?”というようになってしまった。
以前の祝日には必ず日の丸を掲げていた我が家であるが、訳のわからない旗日は意識して掲揚しないでいる。
 成人の皆さん!
せめてこの日くらいは今日の日は何のためにあるのか、自分は今後どのように生きようとするのかを考える機会としたら如何でしょう。
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2017年12月13日

オートバイに轢かれに行ったおばあさん

 墓場の散歩道を歩いていてふと思い出したのがウン十年前の年末の頃
商店街は今のシャッター街と違っていて雪が降って寒いというのにどの店もドアは開けっ放しでダルマストーブが真っ赤になるまで火をおこし店員さんは凍える手を擦りながら「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ!」と声を張り上げていた。
 私はお菓子屋さんの餅配達のアルバイトを終わり家路を急いでいた。
雪は深々と降り、6・70m橋の向こうからホンダのカブ号が走ってきた。
道路は踏み固められた路面と店の明かりと街灯で真っ白に輝くような美しさであった。

 私のそばにいたおばあさんが吸い寄せられるように急に道路を渡りだした。
「危ない!」と声をかけた時にはオートバイと衝突をしていた。
運転していたのは知り合いのKさん。
おばあさんの首付近を押さえて「おばあさん、おばあさん!」と叫んでいた。
 そのうちに手袋の隙間から真っ赤な血が流れだしあたり一面円を描くように雪の路面が真っ赤に染まっていった。
小学校5年生だった私はお年寄りからあんなに大量の血が流れ出るものだとは思わなかった。
真っ白な雪面に記すように鮮やかとも思える赤く円形に染まったおばあさんと泣き叫ぶKさんの姿を今も鮮明に思い出している。

 買い物客たちはそれぞれのお店のストーブで暖をとっており、その時間帯は全く車は通っておらず、そこだけポッカリと開いていたのはおばあさんとオートバイのためのステージのように思えた。
あの時おばあさんがわざわざオートバイにひかれに行ったのではないか。
死神に引かれるという言葉があるが、まさにそれだったような気がする。
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2017年12月01日

酒癖色々

日馬富士が引退を余儀なくさせられた。
感情が激しても自分をコントロールできる人
コントロールのできない人もいる。
過去を振り返ってみて、いろいろなタイプの人と接することがあった。

Aタイプ:普段は人当たりがよくて「仏さんのような人」
     アパートの隣に住んでいたAさんは真面目で穏やかな小柄な人であった。奥さんはそれと対照的でガサツでガラッパチの大柄な女性。普段は夫婦仲がよくて微笑ましいくらいのご夫婦であった。
ところがお酒を飲むとガラリと人が変わり
「殺される〜! 助けて〜!」の声
小柄なご主人が出刃包丁を持って、大柄な奥さんを追い回している。
同じアパートの人は”また始まった”とばかりに知らん顔
警察官もいたがいつの間にか姿が見えない。
ひと騒動終わった後は薄い壁一枚の私の部屋はピンク色の声が響き渡り聞いてられない状況でした。

Bタイプ:仕事をソツなくこなし、普段は礼儀正しくトラブルもない頼りになる男であった。
故郷には父親と障害を持った妹がいるという話であった。
ところがこの男 お酒を飲むとコロッと性格が変わるのだ。
私の職場は男気を大事にする所があり、「いつでも酒を飲みに来い」といったことがあった。
夜中の12時に電話があり「いま2丁目の飲み屋にいるのですが、お邪魔してもいいですか」
私は「いつでも酒を飲みに来い」と言っていたこともあり、「いいよ」といったら5分もしないうちに訪ねてきた。
女房は夫の職場の人でもあり粗末にできないと思ったのか、急遽 酒の肴をテーブルいっぱいに並べて歓待した。
この男 酒が入ると言いたいことをいうタイプ
最初の頃は「この酒は旨いですね」とヨイショをしていたが、
そのうちに目が座って来て、仕事の愚痴から始まって我が愛妻に足が太いだとか言いたい放題
そろそろ限界が来たので「おいもう2時だし終わりにしよう」というと素直に帰った。
次の朝仕事場に行くと私の部屋の前で最敬礼して待っているのだ。
私の顔を見ると「昨日は申し訳ありませんでした!!!」というので「昨日はお互い随分と飲んだなぁ」で収めた。
ところがまた夜中の12時になると 昨日と同じセリフで「いま2丁目の飲み屋にいるのですが、お邪魔してもいいですか」
わたしも太っ腹のところを見せなくてはならないので「あぁ、いいよ」と言ってしまった。
 
 また昨日と同じで第二ステージが始まった。
今日は酒を飲むピッチが速い・・・。
ニコニコ笑っている女房に服のセンスがどうのこうのと言いたい放題
私はたまりかねて「お前のために酒の肴を作ってくれているのだから、たまには女房にヨイショぐらいしろよ」といったら「そうですね」といった舌の根も乾かないうちにボロクソに言い始めたのでもう2時だから終わりにしようと言ったついでに「2日続けての酒飲みはキツイので少し間を開けよう」と云って帰した。
出勤するといつもの最敬礼が待っていた。

 我が家には夫婦間の約束がある。
結婚時に云った「どんなときでもお客さんには嫌な顔をしない」と約束していたので、この時も見事にこなしてくれた。
ところが
この酒飲みは一日だけ開けてまた来たので、普段酒を飲まない私には相当堪えたので、服務指導を担当する係に事情を話し対応してもらった。
これで夜中の酒飲みタイムは終了したのである。

 酒癖の悪い男は心のオリを持っており普段は我慢してよい人を演じているのである。
一般的に真面目な性格で物事に一生懸命な人の共通点かもしれないね。
日馬富士もそうだったかもしれないね・・・。




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2017年11月22日

ルール無視の白鵬よ それはないだろう!!!

22日大相撲九州場所11日目の結びの一番で、関脇嘉風に寄り切りで敗れた横綱白鵬が、土俵に戻らず軍配への不満をアピールした。
 白鵬は嘉風が勝ち名乗りを受ける土俵に上がろうとせず、首をかしげたり、腰に両手をあてたりして立ち合いが成立していないと約1分間アピールした。その後土俵に上がったが、嘉風が軍配を受けても今度は土俵を下りず、不満そうな様子を見せた。
嘉風はテレビのインタビューで、「横綱は『待った』と思って力を緩めたが、行司の『残った』の声が聞こえたのでそのまま続けた」と話していた。
これに尽きるであろう。
 立ち会いは両者ともにこぶしを付いており、ましてや白鳳は張り手をくらわしていながらも嘉風に懐に入られ、棒立ちの態勢でもろ差しにあい嘉風に投げ飛ばされたのである。
誰が見ても白鵬の言い分は通らないとみる。
大横綱と言われる白鵬が物言いは審判か控えの力士がつけると決まっていることを知らないわけはないでしょう。
”おれは大横綱だから俺の言い分を聞け!”
と言っているのと同じであり、ルール無視の最たるものである
これで一段と日本の国技たる大相撲の権威を落としたと言わざるを得ない。
せっかくだからこの際言っていくが、横綱だけが許されていると思っている”張り手”
お前たち格下が横綱に張り手をしようなんて考えるなよ・・・。という威嚇
昔 横綱前田山が張り差しを得意としていたが今もって横綱らしからぬ技として今に伝わっている。
この際、横綱が張り差しを禁じ手とするか、格下のものでも思い切り横綱の顔に張り手をしてもお構いなしと奨励させよと言いたい。
「やはりモンゴル人には横綱は張らせるな!」
なんて言わせるなよなぁ・・・。
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2017年11月21日

とうとう北海道に冬が来た

11月19日(日)は相当荒れると聞き、16日にはタイヤ交換を2台、お隣との間に防雪壁を設置し準備万端整えて19日を迎えた。
18日の夕方から雪が降りだし、19日の夕には車の屋根に約30pほど積もった。
これで私も腹が決まり雪かきを始め、積もった雪は歩道に山と積み上げ、1時間弱で除雪完了。
残念なことに除雪業者の契約は12月1日から3月15日までであり、俺たちには関係ありませんとほくそ笑んでいた事であろう・・・。
 久しぶりの肉体労働は1日・2日後にあっち痛いこっち痛いが出るもの、いつものリハビリコースにお世話になった。
今日(21日)の状況は車通りの多い国道はある程度解けているが、道道・市道はカッチカチのアイスバーン状態いつもの10%減のスピード、女房には冬道運転の講釈を言いつつ自分なりに確認しながらの冬道運転。
TVで見る限り札幌の繁華街はビルの谷間で氷は解けず、皆さんへっぴり腰で歩いている。
朝のウォーキングはお休みとする理由が見つかった。
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2017年11月07日

頑固おやじの生きざま

女房の友人が胃がんで苦しんでいる。
ご主人は昔気質の手間のかかる人だったらしい。
それが奥さんの心残りであったという。
 一時は末期的症状が出たのでお別れの会がしたいというので会いに行ったら、髪の毛は抜け落ちすっかり痩せこけてお迎えが近いかもしれないねということであった。
それから数週間して会いたいというのでいよいよかと思い、会いに行ったら薬が病状に合ってすっかり元気になっていたという。
良かった!良かった!と喜んでいたら、ご主人が急に亡くなったというお話があり、お通夜に行ってきたのだ。

 帰ってくるなり、「可哀想だったわ!」という。
実はご主人は肺がんの末期で奥さんにも、娘さんにも黙って逝ってしまったのです。それも2日前に冬囲いを終わらせて・・・。
朝 奥さんが気が付いたときは仏壇の前で倒れていたというのです。
思うに奥さんが胃がんで苦しんでいた時に、俺は肺がんの末期だとはとても言えなかったのだろう。
奥さんの病状が回復傾向にあるのを確認した時には、ご主人の病状がすでに手遅れ状態になっていたのだ。
”今まで女房には散々迷惑をかけているし、せめて女房だけでも助かってほしい!”と思い黙っていたに違いない。
それが頑固おやじの美学だったのだ。
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2017年10月28日

早朝勤務は外国人

台風接近の状況の中、名古屋観光
びしょ濡れの名古屋城見学
当日は名古屋まつりということもあって、入場料がタダ。
雨の中、携帯用の小さな傘をさして天守閣入り口に行ったが、
これもタダ観の観光客が列をなす。
入場まで30分はかかるというので天守閣見学は止めてホテルに帰る。
シャワーを浴びてひと眠り。
夜になったので、名物の”ひつまぶし”を初めて頂き帳面を消す。
そのあと栄町のドン・キホーテを散策、
1Fはお菓子のオンパレードで先日TVでやっていたキットカットがズラリ、
キットカットの日本酒版、抹茶版等十数種類の珍品に中国人が群がっていた。
買い物かごにはお菓子がビッシリ。

 次の朝も雨が止まず、濡れながら名古屋名物のモーニングサービスを求めてコメダのコーヒー店へ。
0700 シャッターの開くのを待って入店、さっそく小倉アン付きのトーストとコーヒーを注文。
コメダと言えば、「シロノワール」と言うぐらい、全国的にも認知されつつある「シロノワール」。ひときわサクサクふんわり焼いたデニッシュパンの上にたっぷりのソフトクリーム。これは美味しかった。
 やけに愛想の好い東南アジア風の店員。
お話をしてみるとミャンマーから来て4年の留学生という。それにしては日本語が上手とほめる。
頑張れよと声をかけ店を出る。

 その後ローソンによって飲むヨーグルトを求めホテルに帰る。
道すがら女房が「あの店員さんも外国の人だね、ネームプレートに” 涂”と書いてあったから中国か台湾の人だね」という。
言葉に違和感がなかったので私は気が付かなかったのだ。
 そういえば早朝や深夜に働く日本人がいなくなったと聞いたことがある。
日本人は段々甘ちょろくなって、いまに使い物にならなくなるかもしれないねと思うのはわたしだけだろうかねぇ・・・。
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2017年10月24日

6年ぶりの長崎の街

 特急白いかもめ25号に乗っての長崎行き。
JR九州の列車には結構乗っているが、列車内は綺麗で座席の広さも余裕があり、北海道の特急に比べたら当に雲泥の差と言える。
北海道は昔から労組が強く事故と運休ばかりのイメージだが、九州は鉄道王国快適そのもの。
これでは収益の差が出るのは当たり前。

 長崎駅周辺は観光地らしく開発されていて賑やかそのもの。
美味しいものが溢れていて、女房は嬉々として買い求めている。
今回 お土産に買い求めたのは”桃カステラ”、
これは長崎の伝統菓子で女の子のお祝いにと買い求めるもので、カステラに鮮やかな桃の砂糖菓子をあしらったもので、伝統のしっとりしたカステラと砂糖菓子の甘さのコラボが受けているようで我が家も買い求め宅急便で送ってもらったのだが・・・。
いつもながら北海道への送り賃の高いこと・・・。

 港には大きなクルーズ船が毎日入港してきて、小金持ちの中国人が浜町アーケード街を徒党を組んで歩き回っているという感じ。
すれ違う中国人の体臭に独特の油臭さがある。
あるアメリカの老婦人がこんなことを言っていたことを思い出した。
日本人に嫁いで10数年の娘と羽田空港でハグしながら
「あなたも日本人の匂いになったわね」
「だって乳製品の匂いから醤油の匂いに変わったもの・・・。」
なるほど食生活のちがいが体臭となって染みついているのだと理解した。

 タクシー運転手さん曰く、
クルーズ船は朝に入港し、夜には出港するのだそうだ。
クルーズ船は夜に港に留まらないと入港賃が安くなり、
乗客は船をホテル代わりに泊り、中国人オーナーの免税店から買い物をするのだそうだ。
タクシーを使うツアー客はいないので、我々には何の利益もないとボヤいていた。
確かに夕方には出港して行き、次の日の朝7時ごろには更に大きなクルーズ船が入港してきた。
それでもいくらかのおこぼれがあるのだろう、街としては歓迎しているようだった。
前の日に行った久留米市はシャッター街が目についたが、長崎は活気に溢れていたように感じられたのは私だけかな・・・。






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2017年10月17日

カメラ目線

早朝のTV体操を日課にしている。
若いころは準備運動のような、整理体操のようなあまり気合の入らないラジオ体操もTV体操もなんだか照れくさくてあまり好きではなかった。
経年変化とともにそれなりの体力となった今、真面目にやればそれなりに良い体操と言える。
健康美に溢れる若いお嬢さんが5人、どんな姿勢をしても色気は感じられない。
ただいつも気になるのがH女史、他の4名と違って、カメラが大写しになると口角を挙げてのアヒル口になり、カメラを意識した表情にウンザリ・・・。
若い子が5人もいれば目立たなければと思うのが当たり前かもしれないがね・・・。

選挙のこの時期いつも思い出すのが、イラ菅こと元首相の菅直人氏。
彼は部下にいら立っている時も、カメラが向くと白い歯を見せてニコッと笑いジッとカメラを見るのを旨とし、女性にも人気があったやに聞いているが、今回は無所属での出馬であまり話題にもならないためTVの取材がほとんどない。
不愉快な思いをしなくて済むのは私だけでしょうか・・・。


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2017年10月04日

後悔先に立たず”元凶はDINKS”だった

 いま安倍首相は選挙公約で少子高齢化対策を打ち出しています。
彼はこれを国難と捉え真剣に取り組もうとしている。

 私がちょうど働き盛りの頃だったと思うが、優雅な結婚生活を夢見て、子供を育てるより人生を楽しもうじゃないかという風潮があった。いわゆるリッチな生活をするには子供を持つより夫婦共稼ぎで高収入を得ることに意義を見出し、家庭を守る主婦をマスコミがこぞってバカにするムードがあり、家庭を守っていたわが女房はTVを見るたびに口惜しい思いをしていたのを思い出す。
 この連中は女のあるべき姿を知らずして、女として成熟しきっていない連中だから気にするなと慰めたものです。
 彼らは夫婦共稼ぎ、子供は1人多くても2人が主流となり、我が国の人口減少に拍車をかけている。
 最も我が家も他人のことを言えたスジではないですがね・・・。
産経新聞「談話室」を読んでいたら堺市の森田清美(48)という方が「ダブルインカムノーキッズ(DINKS)」について意見を述べられていた。
そうだ元凶は”DINKS”だったと思い出した。
含蓄のある意見だったのでご紹介をする。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
産経新聞H29.10.4 「談話室」
もてはやされたDINKS
              主婦 森田清美 48 (堺市北区)
 約30年前だったでしょうか。「ダブルインカムノーキッズ(DINKS)」という生き方が、一部マスコミでもてはやされた時期があったと思います。
 夫婦共働きで子供は「つくらない」、という意味だったと記憶しています。
 当時、出産に適した年齢の女性たちが読むような雑誌には、優雅なマンションで、夫婦二人が「おしゃれ」な生活をしている姿が取り上げられていました。
 自分たちのためにブランド物を買い、好きなときに海外旅行を楽しむ。子供がいると十数年間は自由にならないから、子供なんて「いらない」。そんな内容が書かれてあったと思います。
 なぜDINKSという生き方がもてはやされたのか。今もそうした人生を選択した方は、どれくらいの割合でいらっしゃるのでしょうか。現在、子供や孫のいない生活を、どのように感じておられるのかと、考えるときがあります。
       
posted by 木漏れ日 at 22:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

「厚顔無恥」、「卑怯者」の定義とブーメラン

「厚顔無恥」とは他人に対する態度が厚かましく、恥を知らない様子。(広辞苑)
「卑怯者」とは勇気のない者。ずるく、賤しい者。(広辞苑)

私的解説
先日 TVを観ていたらどんな話題に人気があるかを調査した結果一位は「不倫」ということであった。
昔から芸能人の色事、政治家や金持ちの愛人問題は当たり前のことで「こんちくしょう 美味いことをやっているなぁ!」で終わりのはずが、日本全国がワイドショー化して政治の世界を庶民化して女癖の悪い宮崎議員を口汚くののしって辞めさせたその代表格が民進党幹事長内定だった「山尾志桜里」である。
また民進党がこぞって週刊誌をネタに安倍政権を揺さぶっていた一派の代表格も「山尾志桜里」である。その舌鋒は反論を許さない厳しさがあった。
 ところがご本人さまが、人の恋路を熱心にリポートするのを生業とする有名な「文春砲」に奇襲攻撃を受けた。若いツバメとホテルのキングサイズベッドしかない部屋で朝の五時まで、くんずほぐれつのレスリングをしていたという状況証拠を突き付けられ”参りました!”と離党したはずが、今度の衆議院選で再度出馬をし、「安倍首相の天敵」として頑張るという。サンデーステーションの記者の単独インタビューで「男女の関係はありません!」と顔中汗をかきながらのうのうとウソを言っていた。とはいうものの彼女らのバトルを実視見聞したものがいないのをいいことに元検事らしくウソを付く。
これは見事なものであるが、”ゴザ破りの一歩手前の志桜里さん”を相手にワイン片手にキングサイズベッド上で”党の幹事長としてどうあるべきか”を話し合えるなんて凄い政治家ですね。まさに鉄の女ですね・・・。
いや鉄面皮と言われるかもしれませんよ。
昔から政治家がウソを言っていいのは政治の議題だけですぞ!
これでは嘘つき女といわれても仕方がないでしょうね・・・志桜里さん!!!。




posted by 木漏れ日 at 11:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

こき下ろす

最近、一国の首相をも散々こき下ろして女性陣から人気を博していた山尾志桜里が「文春砲」によるブーメラン効果で絶頂の尾根から叩き落された。
彼女は日本人らしからぬブログのタイトル「保育園落ちた 日本死ね!」で政府を追及し、昨年度の流行語大賞を獲得した。
随分と品のないフレーズにもかかわらず日本国中からエールを貰い得意となっていた彼女を見て、日本語の美しさを誇っていた昔の青年たちは残念に思っていたものである。

 国の宰相に品のない言葉で問い詰めたり、散々こきおろす女性議員に喝采が送られるようになったのはいつからかといえば、田中真紀子が強烈な印象に残っている。
 田中派の下っ端だったものがいまでは実力をつけ実力者になっている者たちをまるで自分の子分であったがごとくこき下ろす行為は田中角栄という親の威を借りた単なるメギツネそのものであった。
しかし世の女性や政治評論家たちは時の権力者に云いたい放題の田中真紀子の言動に留飲を下げ、総理大臣にと持ち上げたことがあった。
 その後、民進党・社民党の辻元清美、福島瑞穂、蓮舫、山尾志桜里、田嶋陽子(元参議院)などが代表されるが、彼女らの共通点は女性としてのたしなみはおろか、ただ話題性をとればよいというパフォーマンス議員に成り下がっているが、相変わらずの根強い人気を保っている。
 
 女は男を徹底的に追及できるが、男は女を徹底的に追及できないという鉄則があり、この日本的な特権を活かすことは仕方がないが、自分の言ったことや、やったことの責任を取らないのはいかがなものか。
最近はあまり使わなくなったが「卑怯者という言葉の意味」と日本人の道徳というべき「武士道精神の美しさ」を今一度考えてみませんか!!!。
posted by 木漏れ日 at 09:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

阿部一二三の技の切れはピカ一

 柔道世界選手権 男子66キロ級で初出場の阿部一二三が大胆な攻撃的スタイルを最後まで貫いて優勝をした。決勝は2大会連続銀メダルのプリャエフを力強い袖釣り込み腰で豪快に畳に沈めた。
この大会の安部は常に攻撃的で、一本狙いは観客の心をつかみ世界王者にふさわしい雄姿であった。

 おかげでこの三日間 寝不足が続いている。
というのは0時25分から録画をしているのだけれど、朝の体操の時間終了を待ちきれなくてついつい早朝から観てしまうのだ。
 技の切れの好いものだから”姿三四郎”にダブらせてついつい安部三四郎と言ってしまい、女房から”安部一二三ですよ”とつまらない指摘を受ける。
 彼には阿部詩(うた)という高校生の妹がいる。これがまた強いのだが、
実は全日本選抜体重別選手権の準決勝で志々目に内股を決められて、今回の世界選手権の代表にはなれなかったのだ。
 彼女も全日本で3位に入る力を持っているので、近いうちに兄弟そろって日本代表になれるのではないかと楽しみにしているのは私だけではあるまい・・・。
posted by 木漏れ日 at 12:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

争いごとの嫌いな日ノ本さんのお話

 日ノ本さんは70年ほど前に生きるために近所とかなり強引な土地争いをし、最終的には米さん・英さんとの争いになりコテンパンにやつけられ7年間ほど彼らの言いなりになったことあります。
 その間に米さんは自分たちの行動を正当化するために日ノ本さんに対する洗脳すなわち日ノ本は残虐であると強調し、2000年以上も続いた歴史を否定する教育、残酷な日本軍とねつ造したNHKの「真相箱」、日教組による反日の歴史教育、先頭を切って日本を否定する日弁連等を通して徹底しました。
 
 いわゆるGHQの統治が70年を過ぎた今も日ノ本さん一家を苦しめています。
つい最近まで乞食のよう姿をしていた北ノ朝さんと力をつけてきた大物乞食だった中ノ国が日ノ本さんに援助されて生き延びた恩も忘れ、日ノ本さんのお堀にボートで乗り出し魚を取ったり小島に乗り付けようとしたりしています。熱心にお世話をしてきた日ノ本さんに因縁をつけてくるようになりました。
また北の朝さんは昔取った杵柄で援助を引き出すためにロケット花火を日ノ本さんに打ち込んできています。

 平和ボケと言いますか、永年GHQの洗脳に染まり切った日ノ本さんの家族は堀の向こうから近所に引っ越してきた在日という外国系の悪意あるグループは、日ノ本さんのご家族の人を疑うことの知らない純真さに付け込んで深く静かに潜行し、
「戦争はいけません」
「どんな場合でも血を流す争いことはいけません」
「武器を持つことは悪です」ときれいごとを唱え、
自分の家族を守ることまで完全否定されても疑問に思わなくなってしまっております。

 戦勝国と敗戦国の違いはなんだか分かりますか。
 敗戦後 何十年か経って国の秩序が整い世界平和が保たれるまでは、戦勝国民は敗戦国にやりたい放題なのです。例えば敗戦国であった日本に対してGHQのやりたい放題や駐留軍の兵隊が市民に対して追いはぎ強盗をやったり、強姦事件を起こしたり、満州・朝鮮からの引揚者に対するソ連兵や中国人土民、朝鮮人の俄か保安隊の強姦事件や追いはぎ強盗。今問題になっているベトナム戦争時の韓国兵による大義のない女子供に対する虐殺行為、チトー亡き後のユーゴスラヴィアの独立運動と民族浄化。
 これらから分かるように戦う意思のないものは敗戦国の悲哀を甘んじて受けることになります。それでもいいのですかと私は言いたい。
 大きな問題は今のマスコミ論調やそれにこたえる一般市民の戦う意思の放棄は手ぐすねを引いて待ち望んでいる中ノ国さん、北ノ朝さん、露ノ国さん、タカリとねつ造の韓ノ国さんたちに間違ったメッセージを送ってしまうことになり、取り返しのつかないことになりかねないのですよ。
これだけは忘れないでください。
「戦争は嫌いです。しかし我が国を侵略することは絶対に許しません!」
posted by 木漏れ日 at 20:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

渡辺謙の不倫会見

世界の大スター 渡辺謙が21歳年下の女性と不倫した件について釈明会見をTVでしていた。
映画「ラストサムライ」「硫黄島からの手紙」などで知られる俳優・渡辺謙(57)に一般女性との不倫疑惑が浮上した。
 2月18日(現地時間)、ニューヨークのセントラルパークで渡辺は、一般女性のA子さんと“手つなぎデート”を楽しんでいた。さらに2日後には、中華料理店でディナーを共にしていたことが確認されている。この時、渡辺の妻・南果歩(53)はニューヨークを離れ、サンフランシスコに滞在していた。
 文藝春秋の取材によれば、A子さんは現在36歳。2人は2013年8月末、大阪で出会ったという。

TVでなじみの女性リポータが20人余り
その質問内容の執拗さとくだらなさに見るほうも辟易し、世界の渡辺謙も形無しの体をしていた。
 会見の途中でチャンネルを変えたが、最近のマスコミは夫婦間の問題にまで微に入り細に入り面白おかしく取り上げればよいという風潮があり、民度の低さが気になる。
 女性というものにはこの辺で止めておこうという武士の情けがなく、やりだしたらとことん追い詰める傾向がある。男のようにこの辺でやめておこうといういい加減さがないのが致命傷となることもある。
よく言えば真面目さ、悪く言えば執拗さである。
得てして女性リポータの取材はくどいだけであり、男性リポータはいい加減さが出ており面白いかもしれないね。
ただ言えることは女性リポータにだけは取材されたくないものだ。
”御焼き場まで悪いことをしない限り取材されることはありませんので心配ありません”と身近な人が・・・。
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2017年07月09日

錦織のキレル姿は見たくないものですね

 野球評論家の張本氏が9日放送のTBS系「サンデーモーニング」に出演し、テニス・ウィンブルドンの男子シングルス3回戦で世界ランク9位の錦織圭が19位のロベルト・バウティスタに敗れた試合でラケットを壁にたたきつけたことに「喝」を入れた。

 張本氏は、「負けたらからじゃないよ。日本の民族は優秀で礼儀の国だと世界では定評があるのよ。あんな態度、何回見ました?」 錦織へ「やっぱり周りの青少年の目標になるような、これだけの世界クラスの選手だから。ラケットは彼にとっては刀と同じ、武士の魂だから、その点を考えないと」と述べていた。

 いつもは上から目線の張本からは言われたくないと反発するわたしだが、いつも余計なことを言って日本人に嫌われていることを自覚している張本が在日のいやらしさから日本人に歯の浮くようなヨイショしているのだが、今回だけは張本のいうことに同調せざるを得ない。

 錦織が今の女性と付き合いだしてから、試合中の怪我は多いし、すぐ精神的に切れてラケットを投げつけて破壊をする。世界ランクも4位から9位に落ちるし今の状態では這い上がるのは難しいとみている。
 ネットだけの情報ではあるが、彼女はチャンコーチや肉親にも嫌われており家族席から追い出されたとか、錦織の食事管理や健康管理には無頓着で、性格的にも奔放な女性らしく金遣いが荒く以前はタレントたちと浮名を流していたとの情報がある。これでは錦織も試合に集中できないのは当たり前。
下げマンの彼女とは早く分かれて試合に集中する姿を見たいものですね。
年間収入34億円と言われている金づるを手放すほど甘くはない強かな女と見たがあなたはどう思いますか・・・。
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2017年07月08日

金魚のテリトリー

我が家には赤と白の3年物の金魚が2匹
中でもこの白は元々赤だったのがストレスで赤色が抜けてオール白になったらしい
元々は5匹ほど飼っていたが次から次へと死んで半年前から2匹だけになっていたのだ
たまたまホーマックのペット売り場へ行ったらミックス金魚と名うって売りに出ていたので、
頭が赤くコブだらけの丹頂、出目金、腹ぼての3匹に目をつけ、3匹で725円で買うことにした
ところが売り子のおばちゃんが、不機嫌そうにして
「この金魚は水槽に入れたばかりで落ち着かないので、今は止めたほうがいいですよ」という
もう少し経ってからのほうが良いと売りたがらない様子
わたしも一度決めたら後に引かない方なので「これでよい」と強引に買い求めた
この3匹とも500円から800円はするものでありこれはお買い得であった
店の側から言えばこの金魚は特売りの看板金魚であったらしく、ほかのお客に見せもしないうちに私に買われては立場がなかったのであろう

 さて家に帰って早速先輩金魚の住処に入れたら最初はびっくりして忙しく泳ぎまくっていたが、
そのうちに赤白が丹頂や出目金たちを追いかけまわすようになった
最初はそんなものだろうと黙って観ていたが、かなりしつこくて追い回すのを止めようとはしないのだ
これでは10cmもある先住魚に5〜6cm程度の新入りは苛め抜かれて長生きが出来そうもない
そこで思いついたのが金魚鉢に仕切りを入れて活動域を分けるのだ
 さっそく100円ショップで買った書類整理用のハードケースを分解して透明版の仕切りを設けるとバタバタ闘争は収まり、それぞれのテリトリーで穏やかに泳ぎ始めた
先輩の赤白は未練がましく何度も透明の境界版から恨めしそうに新参者をにらみつけている
いままで赤白の力関係で平和に収まっていたテリトリーに、新参者が3匹も侵攻してきたのは許せなかったのだろうなきっと・・・。
しばらくは境界版で仕切られた狭いところで我慢してくれよな
それがお互いのためだから・・・。

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2017年06月24日

麻央さんのブログは子供たちに対する心の叫びだ!

 闘病ブログで話題を集めていたフリーキャスターで歌舞伎俳優の市川海老蔵さん(39)の妻でもあった小林麻央さんが22日に亡くなっていた。
 麻央さんは先月29日、自身のブログで、退院して在宅医療に切り替えたことを報告。病状や家族とのやり取りなどを更新し続けていた。亡くなる2日前の6月20日にも、母に絞ってもらったというオレンジジュースと笑顔の写真をアップし、
「皆様にも、今日笑顔になれることがありますように」とつづっていた。
これが最後のブログとなったという。
 私は260万人の読者を持ち私的なことまで詳しく公開する彼女と海老蔵さんには奥さんの病院代を稼ぐのに必死なんだろうな程度の冷めた見方をしていた。
しかし今 彼女が亡くなって彼女が書き続けたブログの意味を考えると、彼女の家族特に幼い二人のお子さんに対する悲しくも深い愛情が感じられるのである。

 人間終末が近づくと何かを残さなければという摂理に駆られるものである。
幼くして母親を亡くし周りにはおばあちゃんやおばさんがいて、子供たちに愛情をいっぱい注いでくれるであろうが本当の母親の愛ではない。
しからばどうする。
 芸能人ということから写真や動画は山ほどあるであろうが、おかあさんの心の叫びを形で残したいそれを残せるのは日々のブログの立ち上げであろうと考えたに違いない。
これは将来も子供たちの心の支えになるであろうし、きっと子供たちを励まし力強く生きる指標を与えてくれるに相違ないと思うし、そうあって欲しいと願うのは私だけであろうか。
「おチビちゃんたちよ 負けずに頑張れよ!」
今はこれだけしか言葉が見つからない私でした・・・。
posted by 木漏れ日 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

4年ぶりの墓参り

 兄たちは後期高齢者の域に入り、それぞれが病院通いの日々を送っていた。
帰ったその日に墓参りをし、主要な行事を終わらせた。
 兄弟が会社の事務所に集まり、ヒマに任せてそれぞれの健康状態や昔の友人たちの近況について話してくれたが、この4年間に多くの知人がなくなり、同級生の何人かが病気に苦しんでいることを知り暗澹たる思いになった。

 翌早朝 女房の勧めもありバカチョンカメラをもって散策に出かけた。
まずは子供の頃よく遊んだ神社にお参りをしてから街なかを歩いた。
我が街の老舗と言われる店の多くが潰れて店じまいをしており、細々と商売はしていてもそこに勢いは感じられなかった。
通りで一軒だけ元気に見えたコンビニもオーナだった同級生のご夫妻が病に倒れ、この4月引退をして自宅で療養しているとのこと。お会いせずに帰ってきた。
 学生時代にゴムボートで川下りに初めて成功し快挙だと新聞に載ったこともあったが、その川も護岸工事で綺麗に整備されていて昔のあの風倒木に満ち溢れ野趣に満ちた面影もなくなっていた。

 ただひとつの救いは昔のお嬢さんが重い病気にもめげず喫茶店を経営し、同級生の撮った写真展を開いたり、同期生同士が世間話のできる『たまり場』を提供していることであった。健康に留意して同期生のためにも続けてほしいものである。
posted by 木漏れ日 at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする