2018年06月29日

ロシアW杯 このモヤモヤ感は何なんだ!

 28日23時 気温36度と暑い気候の中、ポーランドボールでキックオフ。
前半は柴崎、武藤、酒井高の活躍と珍しく川島が今までの批判を挽回するような活躍を見せた。
後半30分までに好機を数多く作ったのは日本だが、ゴールには結びつかない。
同時進行していたコロンビアvsセネガルは終盤にコロンビアが1点をリードしたという情報が入り、
西野監督はセネガルがコロンビアに追いつけば敗退する「リスク」を背負いながらも、
勝負を捨て”反則ポイントの差”勝負という姑息な手段を選び、
激しいブーイングの中にもかかわらず約10分近くパス回して時間を稼ぎ、日本は試合を終えた。

 ポーランドのサッカー界からは試合後に「フェアプレーに反する」などと批判が相次いだ。
 日本のサポーターも失点を避けるため、ボールを回し続ける消極的な采配に「理解できる」「興ざめ」の声があったが、
我が家では「これが日本のサッカーか」「いままでの日本の戦い方の美学をどぶに捨てたな」
「この戦い方はルール違反ではないけれど、日本人の潔さを失った戦い方だ」等々、
西野采配を何とか理解してあげようとしても???であった。

日本人は最後まで死力を尽くす「特攻型の戦い方」が好きなのです。
やはり日本のサッカー界は「ドーハの悲劇」のトラウマがあるのかな・・・。

ドーハの悲劇
 1993年10月28日にカタールのドーハで行われた1994年FIFAワールドカップアメリカ大会アジア地区最終予選の日本代表の最終戦であった対イラク戦。
 日本代表は直前の対韓国戦に勝利し、この対イラク戦に勝てばW杯本戦へ出場できたが
後半ロスタイム、イラクに同点弾を許してしまい、
日本は得失点差で韓国に抜かれ、初のW杯本戦出場の夢は叶わなかった。
 
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2018年06月27日

メディアの継続は力なりに驚く

わたしは昔 どちらかといえばニューライトといえる組織に努めていた。
大学時代は運動部に所属していて勇ましいことを言うのが当たり前であり、左翼の学生と随分と激しい議論をしたものであった。
 一般社会に出て何か世の中おかしくない‽?? と疑問に思っていた。
新聞・TVのすべてにおいて左翼的発言が常に主流であった。
国民感情というものは、一度戦争に負けると180度変わるものだと理解した。
 しかし世界には何度も戦争に負けながら、愛国心を前面に出し誇り高く生きている民族がたくさんいることを知って、日本が世界に誇るべき歴史・文化・国民性は何かについて貪るように読んだものだった。20・30代の頃は小堀佳一郎、渡辺昇一、奈良本辰也、樋口清之、名越二荒之助を読み、後半は日本の歴史・世界史、武士道精神、朝鮮統治に関するもの、中国人の民族性、韓国・朝鮮の民族性について、台湾統治と蒋介石の台湾について、シベリア抑留、慰安婦問題、南京事件、日米戦史、ベトナム・カンボジア戦争、極東軍事裁判と戦犯、イラン・イラク戦争、日本の領土問題、中国の領土拡張戦略、ユーゴスラヴィアの民族対立等項目としてあげたらきりがない。まとめると日本と東南アジア史の関わりとでも言おうか、戦争と民族対立が主軸であった。
本の重さで部屋の底が抜けると山の神が心配するので、段ボールで6箱処分したが本というものは自然と増えるもので山の神の一声を恐れる私がいる。
 ポン友が先日 我が家に遊びに来た。
 彼は北朝鮮の収容所(招待所)の実情を書いた図書を持ってきて、その実情について余りにも惨たらしい惨状に衝撃を受けて「お前もぜひこの本を読め!」という。私は長い間 半島ウォチャーをやっており、書籍類も多数貯蔵している。
彼曰く「西側の立場ばかりの本ではなく東(共産圏)関連の本も読んで頭を柔らかくしなければならない」とご託宣を述べられちゃったのである。私は中国・韓国・北朝鮮関連の本はざっと見積もっても700から800冊は貯蔵しているが、彼が持ってきた本は残念ながら4・5年前に処分した本の中にあったような気がする。
 彼の言葉の節々に日本によって可哀そうな思いをさせた彼らには・・・。何かといえば”ひどいことをした日本”という言葉が出てくるので、ありゃ! こいつまでも・・・。そういえばむかし同じセクションにいた中年のオジさんたちに慰安婦と創氏改名について話したことがあったなぁ・・・。
 会話の中で、「創氏改名」で無理やり彼らの名前を変えさせたというので、”講釈師 見てきたようなうそを言い!”を恐れずについつい独断と偏見で講演をしてしまったのだ。 

「創氏改名」については
・朝鮮人満州開拓団の人たちが中国人との争いの中で、日本名を名乗ることにより優位に立ちたいという思惑から熱烈に希望したこと。
・日本名を名乗るのは自由意志であったが、結果的には8割が日本名を名乗り、2割が朝鮮名を「氏(ファミリーネーム)」としたが、それらは決して強制ではなかったこと。
・日本人の中には「通名」を名乗らせることに反対が多かった。特に公安関係は日本人と朝鮮人の区別がつかなくなると危惧したのだ。
 
これらを根拠に基づいて簡単に説明をしてあげたら初めて知ったとのことだった。

ついでに、よく言われている日本が朝鮮から強奪したといって非難する「七奪」というのは何かというと
一、「韓国国王を奪った」
二、「主権を奪った」
三、「土地を奪った」
四、「国語を奪った」
五、「姓名を奪った」
六、「命を奪った」
七、「資源を奪った」

これらについてよくまとまっているのが、下記ブログであり、もうすこし知りたいと思う人はぜひ読んで欲しいと思う。

http://depot3.blog75.fc2.com/
朝鮮統治の真実 ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った! 「七奪」はすべてねつ造

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2018年06月24日

中学生の反戦への誓いを聞いて

73年目の「慰霊の日」を迎えた23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で沖縄県主催の沖縄全戦没者追悼式が執り行われた。

 沖縄戦では両軍及び民間人を合わせた地上戦中の戦没者は20万人とされる。その内訳は、沖縄県生活福祉部援護課の1976年3月発表によると、日本側の死者・行方不明者は188,136人で、沖縄県外出身の正規兵が65,908人、沖縄出身者が122,228人、そのうち94,000人が民間人である日本側の負傷者数は不明。アメリカ軍側の死者・行方不明者は20,195人、戦傷者 55,162人イギリス軍の死者85人で、アメリカ軍戦闘外傷病者は26,211人であったといわれている。

 この追悼式で浦添市立港川中学校3年の女生徒(14)が詩「生きる」を朗読した。
清純無垢の彼女の鬼気迫る朗読は、おどろおどろしい演技力と言おうか朗読力に声も出なかった。
 詩そのものは一級品と認めるも、私自身何かすっきりしないものを感じた。
いつも感じることであるが、この種 追悼式における沖縄女性特有の感情論が先行し、その血の叫びに異議をはさめさせない雰囲気を持っているともいえる。
 12年前 沖縄へ慰霊を兼ねて観光に行ったことがある。
そのときのガイドさんは沖縄美人を代表するとても感じの良い方でした。
 丁度 南部戦績を回るころに、霊媒師のユタが憑依したかのように感情をこめて振り絞るような声で日本の軍人が沖縄の民間人に銃口を向け、如何に理不尽な行いをしたか訴えるのです。
 私も戦史の研究家としての自負がありましたので、このガイドは「見てきたようなうそを言い」と思ったが、他のお客さんもいたので敢て黙っていました。わたしの不愉快極まりないのが言葉には出さなかったけれど雰囲気で感じたらしく、ガイド後半は少し控え目にしてくれた。
 戦争の語り部というのは実際に観ていなくとも他人様に聞いたり、本を読んだりの後付け追体験でより先鋭になるものです。この浦添の女生徒もその道の先輩から指導を受け練習するうちにどんどん入れ込んでしまい、一人芝居の狂気女優と称される白石加代子並みになったのでしょう。
ある沖縄の語り部がTVレポーターに言っていたことを思い出します。
「戦争の悲惨な状況を表現することが大事であり、お客様に理解していただくために より創造的なお話をします」ということでした。ところで10歳のころの体験談を今語れますか?。
マスコミで”私は戦中派”を名乗る人がいますが、”あなたおいくつですか”と聞くことですね。
 ということは90歳代半ばの人でなければ戦争の真実は語れないのであり、もはや戦争体験を語れる人はいないのである。
もう沖縄県の反戦指導者は純真無垢の女学生にこんな思いをさせるのは止めませんか・・・。
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2018年05月29日

Uという病と闘う友人がいる

 実を言うと Uさんは学年は1こ上であり 先輩でもあり友人でもある。
 転勤族であった我々は遠くへの転勤の度に中継点として 泊めてあげたり 泊めてもらったりの仲であった。
お互い北海道出身ということもあり 最終勤務地は道央ということになった。
女房同士も仲が良く 家族ぐるみの付き合いを続けていた。

 丁度 10年前のことである ご主人が脳幹出血を起こし半身不随になり 言語障害も発症したのだ。
 私は自宅から車で20分ほどのところにいた関係で できる範囲のことは何でもしてあげた。
脳幹をやられた場合寝たきりになるか 再起不能が普通であり 私の同僚だったK君は残念な結果となったことがあった。
Uさんは倒れたあとの処置が素早かったこともあり 驚異的粘りと強い意志で車いす生活まで回復したのだ。
やがて自宅療養になり 自宅からリハビリに通う日々が続いた。
 この夫婦に感心したのは 元気だったころは小回りの利くご主人に頼りきりで 本当に動きの悪い奥さんが一転して 独楽鼠のように動き回るのだ あまり運転などもしなかった奥さんが片道250kmもあるのに ご主人の実家へ送ったり 障碍者の会に入り函館まで一晩泊まりの温泉旅行に連れて行ったり ご主人のために必死になって尽くす姿はすがすがしいものがあった。
ご主人もまた愚痴の一つもこぼさずモクモクと病気と闘う姿にただ驚くばかりであった。

 ところが このご夫婦に悲劇が訪れたのだ。
甲斐甲斐しくご主人の面倒を看ていた奥さんに 癌が発症して入退院を繰り返していたが 1年ほどでこの世を去ったのだ。ちょうどこの時期に私も体調を崩し入退院を繰り返し 先輩夫婦の面倒を看ることができなかったのだ。
仲良くしていた女房が十分お世話ができなかったことを悔やみ申し訳なかったと取り乱してしまったことがあった。
 その後 わたしも女房も風邪を拗らせたり 足を怪我したりでご主人への見舞が遠のいていたところ 女房がUさんの奥さんがニコニコして夢に出てきたというのだ。
 これは万難を排してお見舞いに行かねばと思い 娘さんに電話したところ嚥下障害を何度も起こしたので遺漏の処置をとり点滴で栄養を取っているので やせ細って見る影もない姿になっているとのことであった。

 さっそく 今日お見舞いにあがった。
あの元気な時の姿は見る影もなく衰えていたが 病気と闘う闘志みたいなものを感じ少し安心した。30分ほどお話をして失礼をした。
がんばれ Uさん!!!



 


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2018年05月20日

英国のヘンリー王子の結婚式を機に考える・・・。

昨夜TVのスイッチを入れたら、いきなり黒人の司祭がアメリカの黒人教会でよくある激しいパフォーマンスで説教を始めた。傍にいた白人の司祭は彼に背を向けたままで頑なに抵抗をしているようであった。それに引き続き黒人のゴスペルよろしく米国映画の主題歌にもなった「スタンドーバイーミー」が披露された。
わたしは呆気にとられながら英国のヘンリー王子(33)と米国人女優、メーガン・マークルさん(36)の結婚式を観ることになった。
伝統ある英国と何か違和感を感じながら「英国も変わったなあ・・・。」
ダイアナ元妃(1997年死去)の死去に関してもエジプト人の恋人との血を断つために忙殺されたとのうわさがあったことを思い出す。
ウガンダ生まれのイスラム教徒。移民や多様性に関する多くの著書がある、ヤスミン・アリバイブラウン(ジャーナリスト、作家)のニューズウィーク誌の文章の中にこんな記事がある。
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より厄介なのは、今でも王室には異人種への悪意や偏見を抱いている人がいることだ。シェークスピアの祝賀イベントで、エリザベス女王の夫であるエディンバラ公フィリップ殿下は私の白人の夫に向き直って尋ねた。「彼女は本当にあなたの妻か?」

昨年12月の女王主催の昼食会にはマークルも出席していたが、ある王族の妻が人種差別的なモチーフのブローチを着けて現れた。今年4月にはヘンリーの父であるチャールズ皇太子が英連邦国民フォーラムで、インド系の両親を持つジャーナリストのアニタ・セティに出身地を尋ねた。「イギリスのマンチェスターです」と彼女が答えると、皇太子は「そんなふうに見えないね」と言った。

新夫のヘンリー自身はどうか。05年には仮装パーティーにナチスを模した格好で登場して物議を醸した。アフガニスタンで軍務に就いていた頃、「パキ(パキスタン人に対する蔑称)」「ラグヘッド(ターバン頭)」といった人種差別的な単語を口にする映像も残っている。

1931年にエドワード王子(後のエドワード8世)は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・ウォーフィールド・シンプソンと恋に落ちた。ジョージ5世の死後、王子は国王に即位した。だが英政府はシンプソンを国王の妻にふさわしくないと判断し、彼は王位を返上した。

ダイアナは王室にさらなる試練を与える前に亡くなった。
一方、チャールズは晴れてカミラと結婚した。離婚はもはや罪でも、越えられない一線でもない。階級の境界も消えようとしている。女王の末息子のエドワード王子は、タイヤ販売業者の娘ソフィーと結婚した。

ウィリアム王子と結婚したキャサリン妃は、元客室乗務員とパーティーグッズの会社を経営するビジネスマンの娘だ。そしてマークルの母ドリア・ラグランドはヨガ教師、父トーマス・マークルはテレビの元照明ディレクター。70年前ならマークルは「王子の妻ではなく愛人で終わっただろう」と評したのは、英誌スペクテーターだ。
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 これらは彼女の文章の一部を抜粋しものであるが、考えさせるものがある。
いま日本の皇室にも皇族と一般人の結婚問題が浮上している。
今上陛下に引き続き3代にわたって恋愛至上主義が問題になっている。
今まではお嫁さんの実家は大実業家から高級官僚、大学教授とそれなりのバックボーンがあるが、真子さまのお相手は生活力もバックボーンとなる方もいない只のハンサムボーイだというだけであり、お母さんは私的に問題を抱えており、出自にも不審なところがあるらしい。
はたして皇室の姫君と結婚するには・・・。
私の結論は「日本の皇室は英国の王室をお手本にはできない」ということ。

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◎「変わる英王室」演出 王子挙式
政治家招かず・黒人ら合唱
【ウィンザー(英国南部)=広瀬誠】英国のヘンリー王子(33)と米女優メーガン・マークルさん(36)の19日の結婚式は、王室の「現代化」を反映し、国民に変化を感じさせた。
 ウィンザー城の礼拝堂で行われた結婚式には、王族や王子の母、ダイアナ元妃 (1997年死去)の葬儀で追悼歌をささげた歌手エルトンーションさんら約600人が出席した。一方でメイ首相をはじめとする政治家は招かれなかった。王子の兄のウィリアム王子の結婚式には、キャメロン首相(当時)が出席した。
 式では聖歌だけでなく、黒人らの混声合唱による米国映画の主題歌にもなった「スタンドーバイーミー」が披露された。城内には王子夫妻が支援する慈善団体の関係者や地元の住民、子供たちなど約2640人が招かれ2人の門出を祝った。
 メーガンさんは米国籍でアフリカ系の母を持つ。白人が占めてきた王室で異例の存在だが、若い世代を中心に王室の変化を好意的に受け止めている。中西部マンチェスターの料理人ルーク・キューザクさん(22)は「王室は英国を象徴する。2人の結婚は社会に応じた柔軟な(王室の)変化を示すと思う」と話した。
 メーガンさんは今後、英国籍を取得するが、英BBCによると、手続きで特別扱いは受けないという。英国に数年住み、英国の社会や歴史などに関する試験に合格すれば、英国籍を取得できる。王室メンバーとなつても当面は米国籍のままだ。
 王室の現代化は制度面でも進み、2013年には男子を優先してきた王位継承権について、性別にかかわらず長子を優先する法改正が行われた。(読売新聞)
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2018年05月16日

国際卓球連盟(ITTF)と北朝鮮に振り回された世界卓球

先日 スウェーデンのハルムスタードで行われた世界選手権団体戦で、女子準々決勝で対戦予定だった韓国と北朝鮮の合同チームが急遽認められ、試合をせずに準決勝に出場し、日本にストレートで負けて、合同チームの全員9人が銅メダルを獲得した。
これは誰が見ても合同チームが優位であり、国際ルール上の不正行為を認めさせた。
国際卓球連盟(ITTF)は南北融和の流れに流され、選手たち特に日本選手団の気力をそぎ、公正であるべき国際競技の権威を貶めたと見るべきであろう。
可哀想だったのは日本の選手たちであった。
 大会途中での決定に、ITTFのトーマス・ワイカート会長は記者会見で「ルールは尊重する。そしてルールは変わる。これが答えです。これはルール以上のもので、平和へのサインだ」と話した。
 韓国女子の安宰亨監督は「非常に意義深い。(大会前は)全く予期してなかった」と驚きと歓迎の表情で話した。
今回の平昌オリンピックのIOCのバッハ会長といい、ハルムスタード世界卓球選手権団体戦のITTFのトーマス・ワイカート会長といい、
余りにも政治的すぎるのではないだろうか。
これはきっと最近落ち目のノーベル平和賞狙いに違いないと思うのは”ゲスの勘繰り”だろうか、最も平和賞候補だと下馬評に挙がっているのは、トランプ・キム・ムンの3人であり、どれを見ても品がない連中ですがね・・・。

産経新聞の論説委員「日曜に書く」佐野慎輔にこんな記事が載っていたので敢て紹介しておく。

◎荻村伊智朗ありせぱ・・・
 ルールつて何だろう。
手元の英語の辞書をひいてみると、名詞として「規則」「規定」「決まり」などとあった。
さらに「支配」「統治」とあげられていた。むむっ。
 動詞は、「支配する」「統治する」「抑制する」となる。
 ここで合点がいった。
国際卓球連盟(ITTF)のトーマス・ワイカート会長が強調した言い分の背景である。
■ルール曲げた肩入れ
 先ごろ行われた卓球の世界選手権。女子団体戦の準々決勝を前に、唐突に韓国と北朝鮮が対戦を取りやめ、南北合同チーム・コリアを結成した。
現地からの報道によれば両国選手の入場後、突然アナウンスが流れ、立ち上がったITTF幹部が拍手を送ったという。
公平を前提とするスポーツにあって、決められたルールを特定の参加者に有利に働くよう変更してはならない。
余力を残し、2つのチームの力を合わせて次の試合に臨むことができた合同チーム。統括団体幹部の肩入れは、不公平以外のなにものでもない。
噴出した異論を、ワイカート氏はこう封じ込んだ。「ルールは尊重する。ルールは変わる。これはルールを超えた出来事で平和へのメッセージだ」
ルールの持つもうひとつの意味、国際卓球界を統治する者による抑制にほかならない。
 国際スポーツ界は2月の平昌冬季オリンピックでも、同じことを行い、批判を浴びた。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が主導した女子アイスホッケーでの南北合同チーム結成である。
■前のめりのトーマス
 孤立する北朝鮮が平昌大会前に流した融和ムードは、狙い通りに国際社会の空気を変えつつある。IOCやITTFなど、すっかり取り込まれた。
 バツハ氏は3月末に北朝鮮を訪問。金正恩朝鮮労働党委員長から2020年東京、22年北京冬季両大会参加を取り付け。
「北朝鮮選手の参加を積極的に支援する」と述べた。しかし、そこには拉致問題の進展もみず、依然、核の不安が続く開催国・日本への忖度はない。
なぜ、バツハ氏もワイカート氏も、「機関車トーマス」よろしく、これほど朝鮮半島問題に前のめりに走るのか。
 ふたりのトーマスはともにドイツ出身。東西冷戦時代の分断国家の選手である。自分たちの感じた悲哀をもうこれ以上、南北の選手に味わわせたくないとの思いもあるかもしれない。しかし、個人の感傷と国際機関のトップとしての行動は同じであっていいはずはない。
 今回の卓球騒動の最中、ワイカート氏の4代前のITTF会長、故荻村伊智朗さんの名前があちこちで聞かれた。
1991年世界卓球選手権干葉大会。南北合同チームが結成され、コリア女子は団体戦9連覇をねらった中国を破って優勝した。その裏に荻村さんの力があった。しかし、27年前のそれと今回とでは本質は異なる。
■選手に負担かけるな
 荻村さんに思いを致せば、彼は突然行動したわけではない。
87年にITTF会長に就任すると、翌年のソウルーオリンピックで合同チーム結成をめざした。「ピンポン外交」によって国際社会とつながった中国が意識にあった。しかし、ソウルでは実現できずに、窓口を残し「熟すとき」を待った。
 その間、韓国に20回、北朝鮮には15回も足を運び、厚い氷を溶かした。同時に他の加盟国の理解を取りつけて、理事会の議題に挙げて機関決定。日本の自治体にかけ合い合宿地まで探した。一方で、合同チームを諭した。「大会の前日までは最大限の優遇をする。しかし始まったら、いっさい優遇はしない」
 荻村さんは規則、決まりに従って事を進めた。そこに夢や思い入れはあっても、支配や抑制といった無理はない。昔、聞いた凛とした口調を思い出す。今年の世界卓球。準決勝で対決した日本は合同チームに勝利した。キャプテン石川佳純は北朝鮮選手のカットに苦しみながら勝利、大粒の涙を流した。
「大きなハプニングでプレッシャーはありました」
 押しつぶされそうな思いから解放された涙である。もし日本が負けていたなら、ITTF幹部はどう反応しただろう。
 選手に負担をかける行為は論外である。なぜスポーツは「決まり」「規定」としてルールを定めているのか。荻村さんなら言うかもしれない、雰囲気に流された追従など無責任だと。 

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2018年04月30日

エンゼルスの大谷翔平の出番は今日もなかった・・・

女房に云わせると野球に興味のなかったオヤジが、大谷がMLBにデビューしてからすっかり夢中になってしまい、買い出しのアッシー君の役目も放棄するようになったとボヤく。
たしかに以前は贔屓チームが負けた日は機嫌が悪くなるオヤジがいると聞いて、馬鹿じゃないのと内心思っていた。
たかが野球じゃないの・・・、とも思っていたものだ。
一昨年までは日本時間の3時や5時の開始時間でも眠い目を擦りながら、ダルビッシュやマー君を応援していた。
ところが昨年はピリッとしない日本選手を見てだんだん大リーグ熱も冷めて、”結果だけでも見ればいいや”と思うようになっていたところに今年は開幕当初から大谷の大活躍である。
私もすっかり舞い上がってしまい大谷の番組は欠かさず見るようになっていた。
さいわいエンジェルスの試合はカリフォルニァということもあり、日本時間の9時とか11時開始・・・これは我々ヒマ人にとっては好都合・・・しかしわが女房殿の買い出し部隊としては中途半端であり、アッシー君の役割が果たせない。
必然的に山の神の機嫌が悪くなる。
4月27日のヤンキース戦で第1打席では4号ソロを放ったが、第2打席で二ゴロで倒れ、一塁を駆け抜けた際に左足を捻挫してしまい以後欠場している。
大谷の出番のないヤンキース戦・・・マー君が投げようが投げまいが興味がなくなってしまったのだ。ボカスカ打たれるダルにも興味がなくなり、今日久しぶりに本来の職務に復帰、両手にいっぱいの買い物袋。
予定されていた5月1日の本拠地・オリオールズ戦の先発登板の回避が決まったが、ソーシア監督は故障者リスト入りを否定、ベンチ入りさせ代打起用の可能性もあるらしい。

まだ始まったばかりだし、今シーズン長く使おうと思ったら完全に治してからでも遅くはないと思うのは私だけでであろうか・・・ご同輩‼‼‼
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2018年04月05日

◎こりゃまた驚いた‼ 大谷翔平

 2戦連続の野手スタメンで2戦連発を記録したエンゼルス大谷翔平。4日(日本時間5日)、本拠地インディアンス戦で「8番・DH」でスタメン出場し、第2打席でサイ・ヤング賞右腕クルーバーからセンターへ2号同点2ランを記録した。この日は5打数2安打2打点の活躍で3-2のサヨナラ勝利に貢献。
 大谷は2戦連続マルチ安打の活躍で、野手3試合で2本塁打、5打点、打率.429となった。
 試合後、ソーシア監督は投手として初登板初勝利、打者としても際立った活躍を見せる二刀流に驚嘆の声を漏らした。とスポーツ報知は伝えている。

それにしても昨日の大騒ぎから今日またのホームラン・・・こりゃまいったね!
どうなっているんだろうね この男は・・・。
オープン戦では無様な姿を見せていたあの男を袋叩きにしていた米メディアが掌返しのベタ褒め。
「USAトゥデー」までが「この男にとって不可能なことなんてあるのだろうか?」
ときたもんだ。

だけど気になることが一つ
日ハムの栗山監督が、今は自分の手を離れているにもかかわらず、相変わらず自分の身内のように毎回講釈を言っている。
日ハムの監督に専念しろ! それでなくともチームの戦力も人気も落ちていると言われているだろう。
誇らしい気持ちはわかるけれど、エンゼルスのソーシア監督に失礼とは思わないのかこの調子者が・・・。
日本のマスコミも指揮官を降りたものに対する仁義を心得たほうが良いと思うよ

産経のオピニオン・スポーツ茶論(サロン)読んでいたら面白い記事が載っていたので紹介する。
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◎オオタニが米球界を黙らせる日 産経新聞 スポーツ茶論(サロン)
”みちのく”の岩手県奥州市に「胆沢城」跡地がある。近くを流れる胆沢川の南側に平安時代の延暦21(802)年、北方民族を”征討”するため、朝廷が征夷大将軍の坂上田村麻呂を派遣して築かせた城だ。
 筆者の実家から約10分の所に位置し、当時多くの軍馬のいななきが聞こえたであろう川沿いの軍事の要衝は今、雑木林やリンゴの木などかおるだけの牧歌的な土地だ。この一帯こそ、大リーグーエンゼルスの大谷翔平を生んだ場所である。
 少年時代の大谷のチームの指導者は、左打者ながら左翼に本塁打を量産できる大谷の秘話を次のように語ったのを人づてに聞いたことがある。「彼は右翼後方の胆沢川に次々と本塁打し、球をよくなくした。球は高価で、悲鳴を上げると、今度は川がない左翼へと飛ばす術を覚えたー」
 左翼に”流して”ではなく、”引っ張って”本塁打を放つといわれる「大谷打法」の原点といえる。
 ニューヨーク赴任中の数年前、米国の球場を訪れた元広島の小早川毅彦氏は大谷についてこう話してくれた。「彼のすごさは(投手で忙しく)打撃練習が圧倒的に不足しているのに、打てること」。天才なのだろう。
    口  口
 大リーグの打者には、強い打球を打つため手首をこねくり回す選手も多い。思わず「負傷するのでは」と心配してしまうほどだ。しかし、ニューヨークで2013年に行われたオールスターゲームで見た左打者の練習風景に衝撃を覚えた。
 この選手は打撃ゲージに入ると、投手の球に10球ほど軽く合わせて左への流し打ちを開始。イチロータイプの非力選手と思いきや、今度は右翼席にピンポン球のように次々とほうり込む。手首でなく体を「テコの原理」のようにうまく使うのだ。同年本塁打王(53本)のクリスーデービス(オリオールズ)だった。
大谷の柔らかな体の使い方は彼そっくり。大谷の活躍を予感する一つの理由だ。
 投手・大谷はどうか。彼は日本の均質な球と異なり、縫い目が不均等で滑るとされる米国の球に相当苦労している。マウンドの傾斜に加え硬さ対策も課題だ。元ドジャース投手の石井一久氏は米滞在中の14年、硬いマウンドの弊害を筆者に説明してくれたことがある。「子供の綱引きでも、足元の土が硬いと、肘や肩に余計な力がかかる」。1試合で165ぐの剛球など100球も投ける投手には大きな負担だろう。
 ただ、野茂英雄、佐々木主浩、松坂大輔、ダルビッシュ有、岩隈久志、田中将大、上原浩治など、日本の一線投手は軒並み成功している。米国の環境に慣れれば問題ないのではないか。
    口  口
 実は、オープン戦で大谷が苦労する姿を半ば面白がって眺めていた。日本であれだけの実績を残し能力を持つ選手がもがき、苦しむー。2本の刀を切れ味たっぷり磨く必要かおるためだが、一流の素材が世界からキラ星のごとく集まる米球界で前代未聞の挑戦をし、野球にうるさい米国人を黙らせる姿を見てみたい。
 実は、彼が”二刀流を断念する日”にも興味を持っている。「投げたら160キロ出るやつにピッチヤーを辞めろとはいえない。バッティング練習でバンバン、バックスクリーンにほうり込むやつにバッターを辞めろとも言えない」(元ヤクルト監督の古田敦也氏)という異能の選手が二刀流を断念した日、格段と進化するであろう二刀流が披露されるからだ。

posted by 木漏れ日 at 16:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

いい加減にしろ! と言いたくなる犬の落とし物

 もう何年もやっている朝のウオーキング 
待ちに待った歩道の雪も解けて 春の訪れを感じる今日この頃
目を皿のようにして足元を見ながら歩く毎日
雪に隠れていたワンちゃんの落とし物が歩く先々で目にする
今年はまだウンを踏んでいないが 毎年1〜2回はカチンとくることがある
ウオーキング中に出会うのは5人に4人は小型犬を散歩している50〜60代のおばさま
このおばさまたちは愛犬のウンチをさせながら四方に視線を走らせる 
わたしと視線が合うとパッと視線を外す
あれは子供のいたずらがバレた時と同じしぐさだ
経験者は語るである
 犬を決して嫌いじゃないのに 可愛らしい小型犬もそれなりの中型犬も 私とすれ違う時は必ず歯をむき出して吠え掛かる
どの犬も一定の距離を置いてかかってはこない
飼い主は”すいません!”とあやまる・・・。
わたしは何事もなかったように黙って通り過ぎる・・・。
 腕白だった少年の頃 何度も犬に追いかけられたことがある
それが今でもどこかに残っており 
もし俺に噛みついたら最後 それなりの覚悟をしろよ!と
殺気立っているのかもしれないね
誰かが言う
それじゃあ キム・ジョンウンとトランプだねと・・・。
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2018年03月23日

北海道を代表するお菓子メーカー六花亭製菓は品がない‼

平昌五輪のカーリング女子で銅メダルを獲得したLS北見の選手が口にして話題となった北海道なまりの「そだねー」について、北海道帯広市の菓子メーカー、六花亭製菓が特許庁に商標登録を出願していたことが22日、分かった。
 出願は今月1日。登録されれば商品の名称に使う予定だが、同社は独占する意図はなく、他社から申し出があれば自由に使えるようにしたいとの考えを示している。(JIJI.COM)と伝えている。

この話を聞いて六花亭の社長は中国人かと疑った。
まさか北見市・カーリング女子とは縁もゆかりもない帯広が・・・。
これが中国での話なら”やりかねない!”と納得するが、まさか北海道では一流とも言える六花亭が・・・。
私はしばらく声も出なかった。
 電話取材で社長は使いたい方は、申請してもらえば自由に使えるようにするとはいえ、これは北海道の方言だろう・・・。いちいち六花亭にお伺いを立てろってか、六花亭のお菓子はもう買わないって言ってる人がいますけど・・・。
 中国・韓国に先んじて押さえたのは偉いと褒める人もいるけど、パクリ根性は同じじゃないのという人も多いのは、どうしたら良いもんじゃろうのう・・・。
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2018年03月19日

大坂なおみ選手おめでとう!

 パリバ・OPチャンピオンの大坂なおみは胸のすくような試合を見せてくれた。決勝に上がるまでの対戦相手は錚々たるメンバー
どれも左右に揺さぶってタイミングを外し、決定打を叩きこんでいく、この痛快さ・・・。
錦織選手には見られない豪快さ・・・。
私はすっかりなおみファンになった。

今一度 彼女の戦い方を振り返ってみよう。
大坂は1回戦で元世界ランク1位のM・シャラポワ(ロシア)を破ると、2回戦で同2位のA・ラドワンスカ(ポーランド)、準々決勝で世界ランク5位のKa・プリスコバ(チェコ共和国)、準決勝では女王のS・ハレプ(ルーマニア)を下した。
女子テニスのBNPパリバ・オープンは18日、シングルス決勝が行われ、世界ランク44位の大坂なおみが第20シードのD・カサキナ(ロシア)を6-3, 6-2のストレートで下してツアー初のタイトルを獲得し、四大大会に次ぐグレードの「WTAプレミア・マンダトリー」で日本勢女子初優勝の快挙を成し遂げたのだ。

 3月19日付WTA世界ランキングが発表され、BNPパリバ・オープンでツアー初優勝を果たした大坂なおみは前回から22上げ、自己最高の22位へ浮上。現役の日本勢女子では最高位となったという。

 まもなく4大大会が始まるが、近い将来サーシャ・バジンコーチ指導の下、4大大会でトップに君臨することは間違いない・・・と私が保証する。
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2018年02月19日

負の伝説に打ち勝った小平奈緒主将

小平が勝った!
よくぞ雑念を吹き飛ばし滑り切った・・・本当に見事でした。

 平昌五輪スピードスケート女子500メートルで金メダルに輝いた小平奈緒(相沢病院)が19日、記者会見し、悲願達成から一夜明けた心境を語った。
 「人前に出るのが苦手だし、『主将になると金メダルを取れない』と聞いていたので、正直、あまり引き受けたくないなという気持ちだった」と打ち明けた。
 小平・日本選手団の主将、葛西紀明・旗手と発表されたとき、なんという馬鹿な人選をするのだ・・・、これで小平の金メダルは無くなった。と私は憤ったものでした。
本人も試合後の記者会見で打ち明けていたように、歴代の主将・旗手はこれに苦しんできたものでした。
 しかし小平奈緒主将は見事にそれを払しょくしてくれた。
そしてその闘いぶりは鬼神のごとき圧倒的な強さと精神力で五輪記録を塗り替え、日本中をしびれさせる小平奈緒選手の姿がそこにあった・・・。
ありがとう!
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2018年02月17日

羽生結弦五輪連覇達成!宇野も銀メダル!

羽生はNHK杯の公式練習で右足じん帯を痛め、リハビリをしていたが一般国民は今回の五輪は無理だなと思っていたと思うが、公式戦ぎりぎりにカナダから韓国入りし、練習を重ねてきたがジャンプを飛び始めたのが2W前と聞いてメダルは無理と思っていた。
SPは何とかこなしてもフリーはスタミナが持たないだろうというのが、常識であろうに・・・。
SPは素晴らしい技のキレ味と見事さにこれはひょっとするとひょっとするかもしれないと感じたものだったが、ところが当日になって無理かもしれないと思うようになっていた。
いよいよ当日を迎えた。
女房は羽生の演技が始まりジャンプを飛ぶたびに、両手で顔を覆い指の隙間から彼の演技を盗み見るというお決まりのポーズ・・・。
そういう私もいつもは冷静を保って観ていたのが、恥ずかしながら思わず”頑張れ!”と声援を送っていたのだった。
 宇野は羽生のスター性の陰に隠れてあまりクローズアップされていないが、世界のNO2の銀メダルですぞ。もっと取り上げてやるべきでしょうよ。
羽生結弦も宇野昌麿もよく頑張ったおめでとう!と言わせてほしい。

 『フィギュア男子66年ぶりの連覇がかかるSP首位の羽生結弦は22番滑走でフリーに臨み、206・17点をマーク。16日に行われたSPとの合計を317・85点とし、金メダルを獲得した。
 最終滑走したSP3位の宇野昌麿はフリー202・73点で合計306・90点で銀メダル。羽生は2大会連続の金メダルを獲得し、今大会日本勢の金1号となったー』
2/17(土) 14:09配信のYaHoo!ニュースは伝えている。
posted by 木漏れ日 at 15:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

成績の割にはチヤホヤされる松井秀喜

 巨人軍のPR新聞である読売新聞に松井秀喜と原辰徳が野球殿堂入りの記事が出ていた。
原前監督にはついては指揮官として選手としてそれなりの成績を残しているのでああそうなのという感じで捉えたが、松井秀喜に関してはまた松井かよという本音である。
 松井秀喜については確かに巨人ファンには人気はあったけれども、読売新聞でさえ日米通算507本塁打としか紹介されていない。彼と同列の成績を収めた選手は外にも何人かおり特出には値しないと思うが如何かな。
 巨人とヤンキースで主力となって活躍したというだけで目立った記録も残しておらず、国民栄誉賞の時だってWBCを2度も辞退し日本のために頑張ったという実績がなく、かなり多くの国民があの長島が無理押しをしたなという反感が渦巻いたものである。
今もってあのW受賞には納得がいかない。
あの時なんで唐突に彼らの名前が出たのだろうという人たちが多かったのを思い出すのは私だけだろうか。
posted by 木漏れ日 at 13:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

成人式に思う

 東京都内や横浜市で着物のレンタル業者と連絡が取れなくなり、成人式に振り袖が届かない被害が相次ぎ問題となっている。
 7日は北九州の目立ちがりやのバカ者がいや失礼若者がネタ欲しさだけのマスコミを相手に
キチガイ沙汰のパフォーマンスをやって大騒ぎをしていたが、8日はレンタル業者が振袖詐欺をやって、若者の人生たった一度の成人式を台無しにしていた。
 いつからこんなバカ騒ぎを含む派手な成人式になったのだろうと調べてみたら、敗戦まもない1946年(昭和21年)11月22日、蕨市において実施された「青年祭」がルーツとなっているという。
 その後政府は、1948年(昭和23年)に公布・施行された祝日法により、「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」の趣旨のもと、翌1949年(昭和24年)から、1月15日を成人の日として制定した。
 1998年(平成10年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)に伴って、2000年(平成12年)より、成人の日は1月第2月曜日へ移動している。
 この辺から国民の関心が薄れてきたことは否めない。

 ところで日本国民は年間どのくらい休みをとっているか考えたことがありますか。
・国民の祝日が16日間
・年末年始の5日間(年次休暇)
・お盆休暇が5日間(年次休暇)
・年間通して土・日を単純計算をして104日間
130/365日
その他に有給休暇・病気休暇を合わせると単純に3日に1日は休みになる。
・年次有給休暇が最大20日間(含む 盆暮れの年次休暇10日間)
・病気休暇は連続して90日間まで

こんなに働かない国民はいるだろうか。
 ハッピーマンデー化する構想が出た時に与党が「祝日の本来の意味が失われる」と反論したことがあった。メディアは連続した休暇が取れることはウン十億の経済効果があると後押し国全体の経済効果というものを考えていなかったように思う。
今や我々無為徒食のものさえ”今日の旗日は何の日だ?”というようになってしまった。
以前の祝日には必ず日の丸を掲げていた我が家であるが、訳のわからない旗日は意識して掲揚しないでいる。
 成人の皆さん!
せめてこの日くらいは今日の日は何のためにあるのか、自分は今後どのように生きようとするのかを考える機会としたら如何でしょう。
posted by 木漏れ日 at 10:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

オートバイに轢かれに行ったおばあさん

 墓場の散歩道を歩いていてふと思い出したのがウン十年前の年末の頃
商店街は今のシャッター街と違っていて雪が降って寒いというのにどの店もドアは開けっ放しでダルマストーブが真っ赤になるまで火をおこし店員さんは凍える手を擦りながら「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ!」と声を張り上げていた。
 私はお菓子屋さんの餅配達のアルバイトを終わり家路を急いでいた。
雪は深々と降り、6・70m橋の向こうからホンダのカブ号が走ってきた。
道路は踏み固められた路面と店の明かりと街灯で真っ白に輝くような美しさであった。

 私のそばにいたおばあさんが吸い寄せられるように急に道路を渡りだした。
「危ない!」と声をかけた時にはオートバイと衝突をしていた。
運転していたのは知り合いのKさん。
おばあさんの首付近を押さえて「おばあさん、おばあさん!」と叫んでいた。
 そのうちに手袋の隙間から真っ赤な血が流れだしあたり一面円を描くように雪の路面が真っ赤に染まっていった。
小学校5年生だった私はお年寄りからあんなに大量の血が流れ出るものだとは思わなかった。
真っ白な雪面に記すように鮮やかとも思える赤く円形に染まったおばあさんと泣き叫ぶKさんの姿を今も鮮明に思い出している。

 買い物客たちはそれぞれのお店のストーブで暖をとっており、その時間帯は全く車は通っておらず、そこだけポッカリと開いていたのはおばあさんとオートバイのためのステージのように思えた。
あの時おばあさんがわざわざオートバイにひかれに行ったのではないか。
死神に引かれるという言葉があるが、まさにそれだったような気がする。
posted by 木漏れ日 at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

酒癖色々

日馬富士が引退を余儀なくさせられた。
感情が激しても自分をコントロールできる人
コントロールのできない人もいる。
過去を振り返ってみて、いろいろなタイプの人と接することがあった。

Aタイプ:普段は人当たりがよくて「仏さんのような人」
     アパートの隣に住んでいたAさんは真面目で穏やかな小柄な人であった。奥さんはそれと対照的でガサツでガラッパチの大柄な女性。普段は夫婦仲がよくて微笑ましいくらいのご夫婦であった。
ところがお酒を飲むとガラリと人が変わり
「殺される〜! 助けて〜!」の声
小柄なご主人が出刃包丁を持って、大柄な奥さんを追い回している。
同じアパートの人は”また始まった”とばかりに知らん顔
警察官もいたがいつの間にか姿が見えない。
ひと騒動終わった後は薄い壁一枚の私の部屋はピンク色の声が響き渡り聞いてられない状況でした。

Bタイプ:仕事をソツなくこなし、普段は礼儀正しくトラブルもない頼りになる男であった。
故郷には父親と障害を持った妹がいるという話であった。
ところがこの男 お酒を飲むとコロッと性格が変わるのだ。
私の職場は男気を大事にする所があり、「いつでも酒を飲みに来い」といったことがあった。
夜中の12時に電話があり「いま2丁目の飲み屋にいるのですが、お邪魔してもいいですか」
私は「いつでも酒を飲みに来い」と言っていたこともあり、「いいよ」といったら5分もしないうちに訪ねてきた。
女房は夫の職場の人でもあり粗末にできないと思ったのか、急遽 酒の肴をテーブルいっぱいに並べて歓待した。
この男 酒が入ると言いたいことをいうタイプ
最初の頃は「この酒は旨いですね」とヨイショをしていたが、
そのうちに目が座って来て、仕事の愚痴から始まって我が愛妻に足が太いだとか言いたい放題
そろそろ限界が来たので「おいもう2時だし終わりにしよう」というと素直に帰った。
次の朝仕事場に行くと私の部屋の前で最敬礼して待っているのだ。
私の顔を見ると「昨日は申し訳ありませんでした!!!」というので「昨日はお互い随分と飲んだなぁ」で収めた。
ところがまた夜中の12時になると 昨日と同じセリフで「いま2丁目の飲み屋にいるのですが、お邪魔してもいいですか」
わたしも太っ腹のところを見せなくてはならないので「あぁ、いいよ」と言ってしまった。
 
 また昨日と同じで第二ステージが始まった。
今日は酒を飲むピッチが速い・・・。
ニコニコ笑っている女房に服のセンスがどうのこうのと言いたい放題
私はたまりかねて「お前のために酒の肴を作ってくれているのだから、たまには女房にヨイショぐらいしろよ」といったら「そうですね」といった舌の根も乾かないうちにボロクソに言い始めたのでもう2時だから終わりにしようと言ったついでに「2日続けての酒飲みはキツイので少し間を開けよう」と云って帰した。
出勤するといつもの最敬礼が待っていた。

 我が家には夫婦間の約束がある。
結婚時に云った「どんなときでもお客さんには嫌な顔をしない」と約束していたので、この時も見事にこなしてくれた。
ところが
この酒飲みは一日だけ開けてまた来たので、普段酒を飲まない私には相当堪えたので、服務指導を担当する係に事情を話し対応してもらった。
これで夜中の酒飲みタイムは終了したのである。

 酒癖の悪い男は心のオリを持っており普段は我慢してよい人を演じているのである。
一般的に真面目な性格で物事に一生懸命な人の共通点かもしれないね。
日馬富士もそうだったかもしれないね・・・。




posted by 木漏れ日 at 13:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

ルール無視の白鵬よ それはないだろう!!!

22日大相撲九州場所11日目の結びの一番で、関脇嘉風に寄り切りで敗れた横綱白鵬が、土俵に戻らず軍配への不満をアピールした。
 白鵬は嘉風が勝ち名乗りを受ける土俵に上がろうとせず、首をかしげたり、腰に両手をあてたりして立ち合いが成立していないと約1分間アピールした。その後土俵に上がったが、嘉風が軍配を受けても今度は土俵を下りず、不満そうな様子を見せた。
嘉風はテレビのインタビューで、「横綱は『待った』と思って力を緩めたが、行司の『残った』の声が聞こえたのでそのまま続けた」と話していた。
これに尽きるであろう。
 立ち会いは両者ともにこぶしを付いており、ましてや白鳳は張り手をくらわしていながらも嘉風に懐に入られ、棒立ちの態勢でもろ差しにあい嘉風に投げ飛ばされたのである。
誰が見ても白鵬の言い分は通らないとみる。
大横綱と言われる白鵬が物言いは審判か控えの力士がつけると決まっていることを知らないわけはないでしょう。
”おれは大横綱だから俺の言い分を聞け!”
と言っているのと同じであり、ルール無視の最たるものである
これで一段と日本の国技たる大相撲の権威を落としたと言わざるを得ない。
せっかくだからこの際言っていくが、横綱だけが許されていると思っている”張り手”
お前たち格下が横綱に張り手をしようなんて考えるなよ・・・。という威嚇
昔 横綱前田山が張り差しを得意としていたが今もって横綱らしからぬ技として今に伝わっている。
この際、横綱が張り差しを禁じ手とするか、格下のものでも思い切り横綱の顔に張り手をしてもお構いなしと奨励させよと言いたい。
「やはりモンゴル人には横綱は張らせるな!」
なんて言わせるなよなぁ・・・。
posted by 木漏れ日 at 23:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

とうとう北海道に冬が来た

11月19日(日)は相当荒れると聞き、16日にはタイヤ交換を2台、お隣との間に防雪壁を設置し準備万端整えて19日を迎えた。
18日の夕方から雪が降りだし、19日の夕には車の屋根に約30pほど積もった。
これで私も腹が決まり雪かきを始め、積もった雪は歩道に山と積み上げ、1時間弱で除雪完了。
残念なことに除雪業者の契約は12月1日から3月15日までであり、俺たちには関係ありませんとほくそ笑んでいた事であろう・・・。
 久しぶりの肉体労働は1日・2日後にあっち痛いこっち痛いが出るもの、いつものリハビリコースにお世話になった。
今日(21日)の状況は車通りの多い国道はある程度解けているが、道道・市道はカッチカチのアイスバーン状態いつもの10%減のスピード、女房には冬道運転の講釈を言いつつ自分なりに確認しながらの冬道運転。
TVで見る限り札幌の繁華街はビルの谷間で氷は解けず、皆さんへっぴり腰で歩いている。
朝のウォーキングはお休みとする理由が見つかった。
posted by 木漏れ日 at 10:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

頑固おやじの生きざま

女房の友人が胃がんで苦しんでいる。
ご主人は昔気質の手間のかかる人だったらしい。
それが奥さんの心残りであったという。
 一時は末期的症状が出たのでお別れの会がしたいというので会いに行ったら、髪の毛は抜け落ちすっかり痩せこけてお迎えが近いかもしれないねということであった。
それから数週間して会いたいというのでいよいよかと思い、会いに行ったら薬が病状に合ってすっかり元気になっていたという。
良かった!良かった!と喜んでいたら、ご主人が急に亡くなったというお話があり、お通夜に行ってきたのだ。

 帰ってくるなり、「可哀想だったわ!」という。
実はご主人は肺がんの末期で奥さんにも、娘さんにも黙って逝ってしまったのです。それも2日前に冬囲いを終わらせて・・・。
朝 奥さんが気が付いたときは仏壇の前で倒れていたというのです。
思うに奥さんが胃がんで苦しんでいた時に、俺は肺がんの末期だとはとても言えなかったのだろう。
奥さんの病状が回復傾向にあるのを確認した時には、ご主人の病状がすでに手遅れ状態になっていたのだ。
”今まで女房には散々迷惑をかけているし、せめて女房だけでも助かってほしい!”と思い黙っていたに違いない。
それが頑固おやじの美学だったのだ。
posted by 木漏れ日 at 09:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする