2015年01月19日

横綱の特権 張り差し、張り手、

大相撲初場所◇6日目の白鵬VS遠藤をみてどう思いましたか
日刊スポーツによると、白鵬は立ち合いから、なりふり構わなかった。遠藤の左側頭部に右手で強烈な張り手をかました。フラつく相手に、今度は右肘を曲げてエルボー気味のかちあげを食らわせた。その直後に、右を差されたが、すぐに引き離す。右に回り込み、再び体当たり。体勢を入れ替え、最後は押し出したとある。

白鵬をはじめとしてモンゴル勢が頻繁に使うのが、張り差し、張り手、かち上げ、
エジプト出身の大砂嵐の相撲は張り手連発のまるで喧嘩相撲だ。
相撲の技として許されているのであるからこれに反対するものではない。
角界は上下関係の厳しいところ
横綱が頻繁には張り差し、張り手、かち上げをやるからと言って、格下のものが横綱の頬を殴っても良いといえないところに“日本の美学”がある。
勝負は同じ土俵の上で、同じ条件のもとにやるべきである。
格下のものが遠慮して横綱の頬を叩けないのであれば横綱も張り差し、張り手、かち上げを禁じ手とすべきであろう。
いまや白鵬は大横綱への道をまっしぐらである。
しかし彼を大横綱にするにはいくつかのハードルがある。
・時間いっぱいのバタバタ走っていく塩を取りに行く姿
・張り差し、張り手、かち上げの封印
・懸賞金のタバを持ち上げ、さも勝ち誇ったように観客に見せつける行為
・勝負がついているにも関わらず突き飛ばすダメ押し
今や彼に指導できる親方はいないのか。
北の湖理事長あなたしかいないのですよ。
日本の国技 相撲の美学を守るために頼みますよ!!!
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2014年12月28日

硬い話と心が洗われる天使たちの歌声

徒然なるままに毎日が読書とYOUTUBE三昧の毎日
読書は新しい発見となるほどの源
「韓国人による恥韓論」扶桑社新書
「韓国人による沈韓論」扶桑社新書
 ハンドルネームがシンシアリーという韓国人が書いた2冊の本がベストセラーとなっている。これは韓国人にしかわからない韓国社会の現状と国民性についていろいろな事例をあげて説明している。
「韓国では反日教でないものは社会から抹殺されて生き残れないのである」と決めつけている。(恥韓論)
またセウォル号の沈没事件を例に韓国社会の責任感のなさ、法律の機能不全、集団利己主義、謝罪の概念、外からは見えない韓国の構造的問題等についてわかり易く解説してくれる。(沈韓論)
ただ嫌韓、呆韓、悪韓と毛嫌いするのではなく、彼らは何故反日を国是としているのかその本質を知ることが大事ですね。
「韓国人は何処から来たか」転展社 長浜浩明著
「朝鮮民族を読み解く」ちくま学芸文庫 古田博司著
この2冊を合わせ読むと正しい歴史認識と朝鮮文化の入門編として理解がしやすいと思う。
年末にあたり硬い内容で閉めてみました。

アメリカの日系人社会には日本のDNAを繋ぐ盆踊りがあるように、日系ブラジル人社会には日本の歌を通して日本人のDNA受け継いでいるような気がする。
あるとき日本人の心に沁みる素晴らしい歌声の少女を発見した。
日系ブラジル人 YASUMIN YAMASITA
https://www.youtube.com/watch?v=mRb11XMqHNQ

良く色々な儀式で芸能人が歌う国歌はあまりにもお粗末で品位を汚していると憤りを感じていた。ところが女子高生の国歌斉唱を聞いて感動しました。
今年最後のブログでありますが、彼女の歌声を聴きながら今年の閉めといたしましょう。
女子高生 野々村彩乃の国歌斉唱
https://www.youtube.com/watch?v=3FUNkvMmTNY
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2014年12月04日

「マッサン」の馬鹿さ加減にウンザリ

 最初から予想されていたことだが、大阪のドタバタは度が過ぎる。
ニッカウヰスキー創業者の竹鶴正孝をどのように表現するか期待を持って見ていたが、
失業してからのマッサンはタダの阿呆である。
これほどニッカウヰスキー創業者を貶める必要があったのだろうか。
原作を読んだ限り竹鶴が余市にウイスキー工場を立てるまでに紆余曲折があったことは確からしいが、
これほどの間抜けな行動はとっていないと思うが・・・。
NHKの朝ドラとして見た場合、ワンパターンの嫁姑の葛藤を執拗に演出し、竹鶴の母親を意地悪な姑に作り上げている。
昔の嫁姑がどのようにして人間関係を作ってきたのかを表現したドラマを観たことがない。
鴨居役の堤真一はいい味を出しているが、マッサン役の玉山鉄二は地で行っているのか演技力なのか、
最近はその馬鹿さ加減に不快感しか感じられない。
エリー役のシャーロットは日本人好みの清楚で逞しい心根をもった演技に好感が持てる。
彼女の起用は成功だったと言えるのではないだろうか。
このドラマは現実にあるライバル会社、主人公が現代に生きていた偉人を表現するむずかしさを物語っている。
いま一度原作を読んであらためて「竹鶴正孝」の人間性に触れ直しては如何でしょう。
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2014年11月27日

人間の一生はプラス・マイナス・ゼロ

貧乏の子だくさんは、子供が小さいうちは生活費も掛かり所謂貧乏所帯そのものが多い。
しかし親兄弟が仲良く、それぞれが希望を持って育って行き、それぞれが大人になった時はみんなが協力し合い穏やかで豊かな大家族の生活が生まれる可能性が大である。

 子供に恵まれない家庭は世間を渡るときに人の目を気にし、聞きたくもない子供や孫の話を聞かされる。しかし子供を育てる費用は2000万円から3000万円という莫大なものであるが、その分二人の生活費・教養娯楽費等に使うことができ、割り切ってしまえば人生をエンジョイできるのである。

 初めから裕福な環境で育った子供たちは世間一般の弱肉強食の常識を知らず、金で物事が解決できるという安易な考えを持ちやすい。親は仕事に追われ子供との対話が少なく、肉親ではない第三者に教育・しつけを任せることが多い。
その子供が社会の荒波の放り出されたらどうなるでしょう。困難にぶち当たった時は親兄弟が、周りの者が手を差し伸べてくれるのをじっと待っている。
自己解決ができなく、精神的に落ち込むことが多いのが現代青年の特性。

 ゆりかごから墓場までという言葉ある。
人生の終末段階はどのようになるだろう。
親兄弟、親戚の肉親等のしがらみはどうだろうか。
自分は温かい子供たちの愛情あふれる眼差しに見送られるのだろうか。
それとも汚いアパートに一室で、誰にも知られないまま孤独死をするのだろうか。

 自分の人生、山あり谷ありの中で自分にとって絶頂の光り輝いていた時はいつだったろうかと考え、あゝあの時が俺の最高の姿かもしれないと自己満足するほかないのである。
何を幸せの基準にするかといえば、愛する妻がいて、安定した家族生活を送れる子供たちがいて、向後に憂いなく旅立てる人生が最高かな。

 最後に老人介護施設に努める介護士からこんな話があった。
体中に入れ墨を背負った爺ちゃんも、小指のないジイちゃんも、むかしは会社の偉い人だったという人も、私はこんなところにいるべき人間ではないというおばあちゃんも、みんなオシメをつけているよ。
人生の終わりには、みんな白木の箱に入って火炎地獄に入っていくんだね。
posted by 木漏れ日 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月16日

自然食と口内調味は和食の原点

 和食って何だろうと考えてみた。
和食は食材の色・形・受け皿・季節感・旨味・盛り合わせ・調理人の心意気とお客の最高のタイミング・場(雰囲気)の設定等が総合された”食”ではないかと思う。
今は高級感に溢れ、小料理屋の奥座敷や赴きあるカウンターの真剣勝負をイメージするが、

その原点は何だろう。
それは子供の頃、母親が作ってくれた豊かな自然食をそのまま活かした素朴な食材であったような気がする。
北海道の蒸かしたジャガイモを二つに割ってバターの塊をたっぷり乗せコロコロ転がしながらまんべんなくバター味を楽しむ。
カボチャは、マサカリカボチャと言われ出刃包丁か小さな斧で叩き割らなけばならないほど固い小型のカボチャをジャガイモといっしょにホッカホカに蒸かしてくれたのを思い出す。その他にワラビ、ゼンマイ、キノコ、フキ、タラの芽、銀杏、トウモロコシ(とうきび)等季節に即した素朴な食材を楽しませてくれた。
これらを海の幸、川の幸と調和させ豊かな食生活を楽しませてくれていたのだ。
これらの食材が日本料理の原点のように思えるのだ。

 ここで気が付いたことは、日本人は料理を目で見て、味わって楽しむという点ではフランス料理に共通するものがあるのかなとも思える。
いまでは日本中で世界の料理を楽しむことができる。
韓国料理も最近はいろいろな工夫をしてバラエティーに富む料理を出してきた。
だが基本は料理の美しさではなく味で勝負しているのだろうと思う。
盛りだくさんの具を混ぜ合わせて均一の味をたっぷりと楽しませる。これがビビンバだ、サムゲタンだ、料理の美しさよりごちゃまぜの美味しさこそが本場の韓国料理だといっているのだ。

 それに比べて日本の料理は綺麗な器、箸、季節の色彩の美しさ、味の濃淡、一汁三菜を楽しみながらお品書きから今日の料理の趣旨を知る。おかず一つ一つを味わいながらまっ白いご飯とのコラボレーションを楽しむ。これを”口内調味”という
腹に入ってしまえば皆同じだと言う人は韓国式の”猫マンマ”を楽しめばよいし、味一つひとつに拘る人は”口内調味”を楽しめばよいのです。
そういう私もオカズに不満があったり、急ぐときはぶっ掛けご飯で間に合わせることがありますがね。・・・。
posted by 木漏れ日 at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日

遠吠えジーさんとパニックジーさん

お迎えの近いジイサンたちが病院の大部屋にいると
入院者間でのトラブルがあるとよく聞く。

Aさんの場合
昼間はおとなしくて存在感がない。
夜は9時半消灯 23時〜02時は熟睡タイム
ところがこのジイさん 02時にみんながビックリするくらい大きな声を張り上げて
「ウォー」と叫び、そのあと大きな声で意味不明な寝言 独り言をブツブツ
それで収まったと思ったら、04時に同じパターンをやり、時間通りに起こしてくれる。
このジイさん1W 毎日定時にやり続けたのだ。
おかげで我々もそろそろ2時だ、4時だと待ち受けるようになっていた。
生物には体内時計というのがある。
大辞林によると
【外界の物理的条件とは無関係に生物体内に備わっていると考えられる時間測定機構。生物が示す日周期性の概日(がいじつ)リズムはこれによると考えられる。】とある。
まさに正確な体内時計と言える。

Bさんの場合
致命的なのは耳が遠いことと白内障の治療中
トイレ回数1時間ごと24時間 その度にナースコール
その会話は女性特有の甲高い声と「エッ、ナニ?」の繰り返し
看護師も同じことを2度3度
周りの者は堪ったものではない。 

このジイさん 私の隣のベッド 仕切りはカーテンが2枚
いつも睡眠不足の私が珍しく熟睡していると、隣で”ドサッ”と音がしてガチャガチャと金属的な音
そのうちに仕切りとなっているカーテンを掴んで振り回している。
何ごとかと目を覚ました私
自分のテリトリ―だけでなく、私のカーテンや酸素吸入器、イスまで押しのけて入ってきた。
「あなたは何をしているのですか!!!」 と捕まえた。
完全にパニクッているジイサン 自分が何をしているのか分かっていない。
「小便 ショーベン!」という
ナースコールで看護師を呼んでトイレへ強制連行してもらった。
次の日家族が来ても”ご迷惑をかけました”の一言もなかった。
おかげで薬のせいもあるが、6時までNHKラジオ深夜便を聞く羽目になったのだ。

私は自分より10歳以上年上を年寄りとかってに定義している。
しかし、次の特性から3個が該当すれば年寄りといえるかもしれない。

年寄りの特性
・他人の意見は聞かない。
・人恋しい、話し相手が欲しい。
・プライドだけは高い
・若い人には教訓染みたことを言いたがる。
・動作が遅い、耳が遠い、目が薄い等 老醜にコンプレックス

 
posted by 木漏れ日 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月27日

理解してやりたいがこちらの身体が・・・。

病院には4人部屋がある。
最近の入院患者は2・3日から2Wで退院させられ、3Wというのは意外と少ない。
ここには老若男女、各科ごとに集められる。

Aさん80代後半 1人住まいの場合

大腸の疾患と気管支の疾患らしい
病室には看護師の勤務交替のたびに「今日担当の○○です」と患者個人に挨拶に来る。それも1日に3〜4人
彼の持論は医者はキチンと聞いてくれないので、看護師さんに自分のことを知ってもらう。
看護師が挨拶に来るたびに「あのね、僕はね・・・」から延々と始まる。
看護師の質問には答えず追い被せるように一方的に話す。なかなか話が通じないのは当たり前。
看護師が帰ろうとすると次から次へと話しかけ、なかなか離そうとしない。
看護師は次から次へと携帯にお呼びがかかるが、じっと我慢の子である。
周りの患者は毎日これを聞かされる。

この爺さんは一日中 痰がらみ咳をするこれが酷いのだ。
彼は点滴のため4日間食事がないため、人様には無神経
我々の食事タイムの時も「ガァー ペー」「グァー」それに鼻汁を思いきりかむのだ。
病人だから仕方がない面もあるが、昼も夜も頭がふらつくからといって1時間ごと看護師をトイレに付き添わせる。
しかし時々スタスタと歩くこともある。

このジイさん昼も夜も寝ている。
痰絡みの咳は確かに疲れる。
どこにそんな迫力がある息遣いができるのかというくらいイビキがすごいのだ。
昼間はどんなイビキを掻こうが特に支障はない。
夜は”俺でもそんなイビキはかかないぞ!”というくらいの野獣の叫び「ガオー」「グゥワー」の連続であり、看護師がビックリして見に来るほどである。
一勝負終った後は寝言とひとりごとをブツブツ
これを1Wに亘ってやられる身にもなってもらいたい。

人間年齢を重ねるにしたがって他人と話す機会が無くなってくる。
知識と人生経験はいっぱいあるのに・・・。
まもなく自分の人生は終わる・・・。
世のため人のため何かを残したいという焦りがある。
誰かに相手をして欲しいのだ。
結局このお年寄りも人恋しいのだ。



posted by 木漏れ日 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月17日

誓いの言葉「病めるときも」編

人生も折り返し地点になると
成人病があり、体幹は鍛えていても腰椎の狭窄症、
若いときの無理がたたって腰椎のすべり症
膝関節の半月板を痛めたり、白内障でレンズを入れたり。

女房に感謝しているのは、現役時代に病気らしい病気は全くしたことがなく
万全の体勢で任務を全うできたことである。
この度、内臓の検査を徹底してやったが、消化器系は全く異常がない。
ここ何年も続けている生野菜ジュース、飲むヨーグルトの成果ではないかと勝手に思っている。

 あるとき女房どのが病と闘っている親友のYさんと電話をしているのを小耳にはさんだ。
「Yさん、結婚式の誓いの言葉を考えたことがありますか・・・。
若いときは考えもしなかったのですが、還暦を過ぎてからいろいろな病気が次から次へと
発症して、夫を支え、夫から支えられて生きているよね。
「病めるときも」は今の私たちを表していると思いませんか。
人生の終盤にかかり、重い意味があったんだよね。」
Yさんは夫への感謝を今一度認識したようでした。
posted by 木漏れ日 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月16日

誓いの言葉「貧しきときも」編

我が女房どのは時々面白いことを云う
「結婚式の誓いの言葉は深い意味があるよね」
若いときはうれしくて深い意味も考えずに「はい!」
それから何十年も経って、誓いの言葉を思い出してみると
「貧しきときも」
「病めるときも」というのがある
人生一サイクル60年を過ぎてみると
山あり谷あり平坦の人生ではなく
色々な障害物を乗り越えてきた

「貧しきときも」を振り返ってみると
結節が2つある
子どもの大学教育を考えてみると
オヤジの手取りの半分近くは月々の生活費に持って行かれる
ボーナスの1?0万は授業料で消えていく
大学生は休みが多い
その度ごとに関空から千歳までの航空券を送れと言う
LCCなんてない時代
親の切なる願いは「休みごとに帰ってくるな!」
2年なら許せるがそれが5年も続き、
×2人になった時は親は悲劇的である
親の心 子知らず

2つ目は年金生活になったからと言って
そんなに生活レベルを落とすことができない
特に外向けは季節の便り、冠婚葬祭、そして病気療養
貯金を切り崩す時期が迫っている
じっと我慢の子である
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2014年08月28日

アイスバケツチャレンジは不幸の手紙と同類

アイス・バケツ・チャレンジは体が自由に動かせなくなる難病、筋委縮性側策硬化症(ALS)の認知を高め、寄付を募るための活動。指名された人は、寄付をするか、氷水をバケツでかぶり、その様子をソーシャルメディアに投稿するか、もしくはその両方をやるか選択する。

ビル・ゲイツやネイマール、レディー・ガガ、日本でも孫正義など、世界のセレブを巻き込んで大流行している。
日本の政界にも波及し、みんなの党・浅尾慶一郎代表が安倍晋三首相を指名したとのこと、彼は日本の宰相にお遊びで氷水をかぶれと言うのか。この政治家の軽率さは如何なものか。

私は趣旨はどうあれ、本来他人様から強制されて何かをやるというのは意地でもやりたくないを貫き通してきた。
この流行は善意の押し売りであり、自分の考えはどうあれ世間体を気にする人は拒否できない立場になる。
これは不幸の手紙やチェーンメールと同類である。
指名された人には健康上の問題があるかもしれないし、仕事上の都合もあるかもしれない。
例え寄付をしても世間様には見えないし、結局、パフォーマンスをやらざるを得なくなるのである。

この現象はどこかで打ち切らなくてはならない。
世間が今一度この運動の本質を知ることが大事ですね。
日本人には強制性ある善意の押し売りは似合わないと思いませんか・・・。
posted by 木漏れ日 at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

”屁振り大将”の効用

前回の投稿で”屁振り大将”について記述したが、今回は彼の効用について書きたいと思う。
私には人前でオナラをする習性はない。
他人様のオナラについては厳しいところがある。

”屁振り大将”のKさんが入室する前は、Iさんも、Oさんも辺りかまわず”ブー・ブー”やっていたが、
Kさんのは力を込めて切れ痔になるのも厭わず、親の敵を討つかのように“ヴォー”と大音響なのだ。
女房が面会に来ているときも厳しい一発をカマした。
女房に向かってのオナラだったので、びっくりして目を丸くしていた。

 頻繁に“ヴォー”をやるので、IさんもOさんも気合負けして、
最後には彼らはトイレで可愛らしく”ぶーからプー”に変わっていったのである。
辺りかまわず、ところ構わずの”屁振り大将”の放屁に冥土のみやげに常識を学んだ二人の年寄りいた。
そう云う私はむかし女房に男らしくないと怒られたことがあるスカシッペで匂いを拡散しながら澄ましているのだ。
posted by 木漏れ日 at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月05日

患者考

病人の特徴として自分中心に世界は回ると勘違いをしている人が多い。
弱者と言われる人もこの世界かもしれない。

以前に入院したことがある。
4人部屋でそれぞれ特徴ある昭和の前半世代であった。
Iさんは〇臓癌で腫瘍が大きすぎて摘出ができないため、抗がん剤を投与して腫瘍を小さくしてから手術となるらしい。彼はいわゆる野球キチガイでバスタオルはファイターズの人気選手の似顔絵入り、タオルケットも野球、読む本も野球雑誌。彼の良いところは明るく周りに気配りができているところ、奥さんが毎日来て夫を元気づけていく、夫婦仲がよく周りで見ていても気持ちが良いのだ。
抗がん剤の副作用で吐き気としゃっくりで食事ができないこと。

Oさんは背中に大きな腫瘍を抱えてそれを切除、現在病理検査中。
彼の特徴は還暦を過ぎて独り身、おしゃべりで周りが見えない。マイペース
1人暮らしの生活が基準で、4時頃から周りに気を遣うことなく何やらゴソゴソ。
起床1時間まえの5時から歯磨きを始める。
同室のものにとっては大の迷惑、彼は歯が丈夫で固いブラシを使っているせいか、ゴシゴシ音が異常なほど高く7〜8分続くのである。手術の日はひっきりなしに看護師を呼んで用事を言いつける。
手術後は5時起き歯磨きはしないだろうと思っていたら、2時起床それから1時間ごとにナースコール。
4時頃からゴソゴソ起きだして騒音をたてる。看護師が他の患者さんがまだ休んでいるので、控えてくださいと云っても変化なし。いつもの時間の5時になったら歯磨きを開始した。さすがの私もプッツンして「歯磨きはDAY-ROOMでやってもらえませんか」と注文、手術後はこんなことはしないでください看護師から怒られていた。

Kさんは入ってきたばかりベテラン癌患者らしい。
この患者さんの特徴は所謂”屁振り大将”
患者さんだからガスを出すことは大事な仕事、ガスが出ないで苦しむ人もいる。
ところがこの方の屁は国宝級とは言えないけれど、重要文化財級である。
普通の人は周りに遠慮しながらスカシッ屁か音を調整しながらやるが、ところがこの”屁振り大将”思いっきり力を込めて大音響の”ブォー”オイオイ切れ痔の心配はないのかよ。といらぬ心配をする私でした。

posted by 木漏れ日 at 07:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月30日

北海道看護師(婦)考(その2)

北海道の若い女性の憧れの職業は看護師であると言っても過言ではない。
就職には心配はないし、給与は高く年収1000万円を超えるベテラン看護師もいるということである。
私の友人の中でも看護師さんと結婚された方が5・6人はおり、老後も悠々自適の生活を送っている。
わたしは仕事の関係で日本国中をまわる機会があり、いろいろな方と接触する機会があった。

一般論としていえることは、南に行くほど情が深くなると言えるかもしれない。
男を立てながら奥さんがしっかりコントロールをするパターンである。
鹿児島おごじょや上州の空っ風に代表される生き方である。
北海道の女性は昔開拓地であったせいか、バイタリティーがあってサバサバしており男性に頼らない逞しさを感じることが多い。
タダ南の女性に比べてその強さが表面に出ていて、南を知っている男にとって北海道の女性は、情が薄いのかなとも感じることもある。
特に最近の傾向として学校教育での男女平等が行き届いており、むしろ大学教育では女性がリードすることが多く、”男よ、しっかりせよ!”と叱咤激励をしたくなることがある。
男も女もそれぞれの持ち味を活かしせば、もっと光り輝くのではないかと思うことがあるのですがね。

 最近病院関係者と接する機会が多く、気が付いたことは、看護師さんが優しいのである。
物腰が柔らかく、受け答えはベテランも新人も一つのマニュアルに沿って訓練されていることがわかる。
ベテランと新人の違いは何かといえば、気持ちの入れ方だと思う。
「そうなんですか」一つをとらえても、アッサリ優しく答える新人と気持ちを入れて相手の立ち位置に入っていくベテランの受け答えはさすがである。
これではガサツな北海道の男もトンコロリンかも・・・。
北海道女性のサバサバ・アッサリを補うのは看護師さんの優しさかもしれないね。
そんなたわ言を感じる今日この頃でした。
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2014年07月29日

北海道看護師(婦)考(その1)

北海道看護師(婦)考(その1)
実は子供心に母親と違った女性の優しさ意識させてくれたのは看護婦さんであった。
小学4年生の3学期から5年生の2学期末まで入院と通院を繰り返し、
丸1年間学校をお休みしたことがある。
当時はおおらかなもので”この子なら進級させてもやれるでしょう”と5年生に復学させてくれた。

当時は小児科などなくいきなり大人の病棟に入院させられ、大人の社会を勉強させられた。
病院でたまにある映画鑑賞は「太陽の季節」「狂った果実」、小学4年生にして石原裕次郎や南田洋子のファンになったものである。

O田さんという看護婦さんがいた。
いつも真っ白な制服を着てマスクを離さず優しく接してくれた。
自分は男ばかりのガサツな5人兄弟、まさに生きるための競争の世界に育っていたので、
彼女の優しさに身も心も奪われた。
優しい物腰といい、眼差しの爽やかさといい、これが女性というものだと思ったものだ。
私にとってはO田看護婦さんと接するのがうれしくて、用もないのに彼女の周りをうろうろしたものである。
退院の日が迫りご挨拶した時、彼女は初めてマスクを取って挨拶をしてくれた。
それを見て子供心に”アレ〜・・・。”それはまさしくいわゆる”マスク美人”であった。
posted by 木漏れ日 at 06:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

韓国キムチと「路上脱糞禁止令」

「ねずさんの ひとりごと」を読んでいたらこんな話が紹介されていた。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2295.html
実は朝鮮半島で、一般の庶民が食事の際に、箸やスプーンを使うようになったのは、明治43(1910)年以降のことだというのです。
それまでは、朝鮮半島における庶民の食事は、インド式(手づかみ)です。

またこんな話もありました。
日本が朝鮮を統治した時代、朝鮮総督府が何度も出したお布令に、「路上脱糞禁止令」があります。
それまでの半島には、トイレがなく、路上脱糞があたりまえの習慣だったのですが、これではあまりに衛生面でよろしくない。

そこで朝鮮総督府が路上脱糞を禁止したわけですが、ところが人間、食べれば必ずもよおすわけで、ところが路上では禁止されてしまっている。
そこで朝鮮ではじまったのが、室内で穴を掘り、そこで脱糞するという習慣でした。

穴が満タンになると、そこに土をかけ、室内の別な場所に別な穴を掘って、そこでする。
これを何年か繰り返しますと、室内の縁の下が全部有機物になり、地面が自然発熱してたいへんに温かくなる。
その生暖かいところに野菜を入れた甕(かめ)を、頭だけ出して埋め、その中で漬け物をする。
すると、おいしい漬け物ができます。どこかで見たことはありませんか。
そうです。朝鮮の家庭ではどこでも作っていますね。

ところが雨が降ると、雨水があふれる。
甕の中に、その・・・有機物の汚水がはいる。
こうなると、せっかくの漬け物に、妙な臭いがついてしまいますし、しばらくすると甕の中で回虫の成虫が泳ぐようになります。
そこで臭い消しと、回虫の成虫を殺すために、甕の中に唐辛子をどっさりと入れるようになり、これがいまのキムチになったわけです。(ちなみに、回虫の卵は唐辛子を入れても死にません。)
おかげでキムチは各家庭ごとに味が違い、特に美人女性のいるお宅のキムチは美味しいのだそうです。
どうですこれでも
キムチは世界文化遺産に該当しますか。そうしてあなたはササニシキや夢ピリカのような1等米で作ったまっ白い朝ごはんにキムチを乗せて食べたいと思いますか。
そういえば寄生虫の多い韓国産のキムチの輸入を禁止している国もありましたね。
posted by 木漏れ日 at 20:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

マー君、上原投手ご苦労さん!

 W杯は私の中で終わっているので、マー君の当番だけを楽しみにしていた。
朝食も早々に終わり勇んでTVを占領していた。

 田中は3回1死から9番ロスに高めの速球を左越えに運ばれ、先制ソロを被弾。それも毎度の挨拶代わりと思い、大した気にせずにいた。
4〜8回はスコアボードに0を並べて打線の援護を待ったが、いつまでたってもヤンキースの野手どもは点入れてくれない。
これはヤバいぞと思いながら9回を待った。
先頭のペドロイアにこの日3安打目となる中前打を打たれて無死一塁としたが、4番オルティスを三ゴロ併殺打に仕留めて2死走者なしに。
ところが続くナポリに154キロの直球を右翼席へ運ばれ、痛恨の勝負ありの被弾。
 
 これで今日の田中は終わった。
何故ならレッドソックスの押さえは上原浩治、今のヤンキースでは打ち崩せるものはいない。
案の定、上原は見事な投球で押さえたのであった。

 それでも田中のクオリティースタート(6回以上、自責点3以下)はデビューから16試合連続でクリア。73年のスティーブ・ロジャーズ(エクスポズ=現ナショナルズ)のメジャー記録に並ぶ快挙を達成したし、上原の見事な押さえも見ることができたし、今日のところは「二人ともご苦労さん!」ということで手を打つことにしよう・・・。
posted by 木漏れ日 at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

W杯敗退残念でした

日本代表は日本時間25日、グループリーグ最終戦でコロンビア代表と対戦し、1-4で敗れた。
日本はグループリーグ3試合で1分2敗の勝ち点1。
C組最下位での敗退が決まった。

大リーグのマー君しか興味のない私がついつい早起きをしてしまい、最初から最後まで観てしまった。
今日は今までの2試合と違って前へ前へと積極的に戦っていたのも前半だけ・・・。
ひょっとすると引き分けあたりに持って行けるかもしれないと期待したが、後半はバテちまって動けなくなってしまった。

機能的に動いていた青山を変えたり、鼻血を出したぐらいで岡崎ををひっこめたり、やる気を出していた香川を交代させたりザックの采配はよくわからない。
今回のW杯は1試合めから指揮官ザックの目はうつろで「闘将としての迫力」に欠けていた。
大久保は偉そうなことを云う割にはタイミング悪く走りまわるだけで決定力なし、柿谷は何をやっているのかわからない。

こんなに面白くないサッカーは止めて、マー君のMLBでも見ることにするか。
それにしてもヤンキースは高い金を払っているわりには中継ぎ投手も野手もだらしがないね。
黒田投手が可愛そうだね。
「監督! イチローにチャンスをやってくださいよ〜ぉ」
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2014年05月09日

台湾への旅(その9 総括)

今回の旅を終わるにあたって気になったことを2・3あげてみる。

・みやげ物屋の店員さんにしてもレストランにしても笑顔がないことである。
ただ事務的に受け答えをしているだけで、これでは日本のホテルに出稼ぎに来ている中国人とあまり変わりがないのではないか。
ヒョッとすると中国からの出稼ぎ連中かなと疑ったこともあった。

・ツアー会社が連れて行ったTaxFreeのお店や土産物屋は全般的に店員がしつこく付きまとい、日本でいうならば売上マージンで稼ぐデパートの派遣店員のようであった。
また値段も高く、街のスーパーで買った方がリーズナブルであった。

・私のつたない英語が全然通じないことである。
日本に来る台湾人は英語で十分意思の疎通ができるが、ホテルの従業員、故宮博物院のスタッフ然りであっ た。
東ヨーロッパは若干伝わりにくいとの印象はあったが、その他の欧州は問題もなく不便を感じなかった。
台湾は日本人観光客からウンカのごとく来る大陸からの客にシフトしていることは間違いがない。
そのうち日本人から飽きられてしまうかも・・・。

・中華料理の「鼎泰豊」のスタッフは良く教育されており、気持ちよく食事ができたが、その他の店については無表情な能面とやり取りしているみたいで、よい印象は持てなかった。

・ホテルについてはデラックスを売りにするだけあって、部屋は比較的広く水回りは綺麗で満足するものであったが、ホテルの朝食はバイキング方式で、料理の内容は殆ど同じで目新しいものはなし。
レストランの昼食・夕食はどこもメニューが同じでうまいものはなし。
「台湾おいしい旅」を謳っているわりには「おいしくない旅」だった。

・現地ガイドは片言日本語で中国的発音が多く、日本語としては聞き取れないことが多く理解した客による通訳が必要であった。
 台湾の歴史はおろか、名所旧跡の説明もなくただ見学場所の名前と次の集合時間をいうだけであった。
 ただ人柄が良いからみんな我慢をしていたが、アルバイトとはいえ、もうすこしガイドとしての訓練をしてから使うべきではないだろうか。

・女房の分を含め一眼レフ×2、デジカメ×2をバックパックいっぱいに準備し、風景・建築物等の見事さを期待したが、デジカメだけのスナップで充分であった。

・東日本大震災に人口2330万人の台湾から200億円を超える義捐金が寄せられ、それも民間からが主だったことに驚きそして日本に対する心意気に感謝の意を表したと思う。

全般を通して、食べることがメーンの「台湾の旅」であったことは確かであるが、あまり面白味のない旅であったのはツアー会社の企画に問題があったと思う。
“台湾すなわち美味しい中華料理”というステロタイプの方はあまり期待しないほうが良いと思う。
何となく不完全燃焼の台湾の旅でした。
            「おわり」
蒋介石の紀念堂.jpg

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2014年05月08日

台湾への旅(その8 久份の夜景)

九份(きゅうふん)の町は、基隆から南へ約10kmの山間にある坂道や階段の多い小さな町。山を背後に海に面した斜面に建つ家々、階段や薄暗い路地など、レトロな風情があふれる町だ。

 もともと9戸しかなかった小さな集落で、交通が不便なため品物を補充するときに毎回全戸分の9セットを買うので九份という名前が付いたという。
舊道(旧道)」バス停で下車し、観海亭に立ってみるのも一案である。
天気がよければ、町の全景と海が見渡せる。

セブンーイレブンの横の道が基山街。南北に延びた一番にぎやかな小径で、みやげ物屋やレストランなどが集まっている。基山街の西側、見晴らしのよい部分の少し手前にある石段が豎埼路。中腹あたりに映画『悲情城市』の撮影に使われたレストランがあり、「悲情城市」と書かれた看板が出ていて、今でも人気のある記念写真のポイントらしいが、残念ながらこの映画は観ていない。

少し先で交わる軽便路にも食堂、土産物屋が並んでいる。この3本の通りを中心に無数の小径が町中に広がり一歩路地へ踏み込むと古き九份の面影が残る。
夜景を眺めたレストランからは「千と千尋の神隠し」のモデルとなった家屋が見える。
この眺めは一見の価値あり。
九份の夜景を見ての帰り道、台北の夜景が非常に見ごたえがあった。

九份@.jpg

千と千尋.jpg
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2014年05月07日

台湾への旅(その7 衛兵の交替式と国立故宮博物院)

台湾には日本の靖国神社と同じように戦没者の慰霊のための忠烈祠がある。
そこには国民の関心を呼ぶための衛兵交替式のパフォーマンスがある。
その毘凛々しい姿には特に娘たちが騒ぐもの。
衛兵の交替式は英国のバッキンガム宮殿、イタリアのエマニュエル戦没者記念、
ギリシャの大統領官邸等で見てきたが、どの国の衛兵も気合が入っていて感動を覚える。
台湾の衛兵は180cm、イケメンで兵隊のエリートだそうだ。
1時間交替で立哨中は微動だにしないそうだが、交替直前はシビレがあったのか僅かながら
手と足を動かしていたのがばれた。
それでも日本では見られない風景なので、中国人の娘たちばかりでなく、日本の爺さん・
婆さんも写真をパチリぱちり

衛兵の交替式.jpg

台湾の国立故宮博物院は、台北市北部の士林区にあり、付近には高級住宅街が広がってい
る。この博物院には中華民国政府が台湾へと撤退する際に故宮博物院から精選して運び出
された美術品が主に展示されており、その数が合計6万件冊。 台湾南部の嘉義県にある台
湾高速鉄道嘉義駅の隣にアジア文化をテーマとした故宮南院が2015年の完成を目標に建設
工事が進められており、博物院の機能の分散化が図られている。

この博物院は、1960年代から1970年代に中華人民共和国で起きた文化大革命における文
化財の組織的破壊から、貴重な歴史的遺産を保護するという役割を担ったが、同時に中華
民国政府が中国 (China) の唯一合法的な政府であることの象徴と、日本の統治から離脱し
たばかりの台湾において中華ナショナリズムを強調するための装置としても中華民国政府
に利用されていた。そのために現在では、早期の台湾独立を求める泛緑連盟勢力の一部か
ら「『台湾国独立』と引換えに故宮博物院の文物を紫禁城に返そう」という主張が出ている
が、実現の可能性はほとんど無いという。

この博物院の箱モノは壮大で見る者を圧倒するが、なかの展示物は6万点余りあると言い
ながら、それほど感動を与えていない。
われわれのGPは比較的早く入場したが、10分後には中国人観光客がぎっしりで、うっと
うしいだけの見学であった。
ガイドによると中国人の興味はここ一点だけで他にはあまり興味がないようだ。
この財宝は俺たち中国人のものという意識が強いのだそうだ。
大英博物館やルーブルなら何時間見ても厭きないが、中国のものは馴染まないのですぐに
飽きが来て、みやげものを買いに売店へ
子どもが大学時代東洋史学を専攻していたので、興味があるだろうなと思いながら故宮博
物院を後にした。
posted by 木漏れ日 at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする