2015年04月15日

ママチャリオヤジさんにエール

 北海道も雪が解けて春らしくなってきた。
私も脚力が落ちていたのでウォーキングを始めた。
体調を崩して以来引きこもりがちの自分に気合を入れるため、ラジオ体操と2kmのノンストップウォーキング(ストック)を荷している。

 今日は朝から小雨が降っていたが、ようやく晴れたので14時頃出かけた。
堤防方向からママチャリに乗ってきた来たオヤジさんと世間話。
見たところ60代半ばで、どう見ても冴えない服装をしている。
ボロボロのママチャリの後輪はタイヤが裂けており、黒いビニールテープをぐるぐる巻きにして補強している。
 「ところでどのくらい歩いているの?」とオヤジさん。
「身体の調子を見ながら30分程度ですね、あなたはどのくらいですか」と私。
「1日に50kmから70kmです」とオヤジさん。
「この自転車でですか、すごいですね!」と私。
「これは見てくれは悪いけれど空気注入不要のパンクレスチューブを使っているんですよ」とオヤジさん。
なるほどタイヤが切れてパンクレスチューブが5cmほどはみ出ている。
私は妙に感心をし納得をした。

 オヤジさんは勝ち誇った様子を見せて立ち去った。
見たところ前歯がない割には黄色く剥きだした太い犬歯が2本、その力強さを表していた。
思わず頑張ってくださいとエールを送った。
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2015年04月08日

桜の時期に思い出すこと

私は富士山と桜が大好きなオジサンを自負していた。
若いころは富士山の麓の御殿場市に住んでいたことがある。
春夏秋冬の富士山の美しい風景を当たり前のように見ていたが、
転勤で富士を離れると妙に懐かしく感じて、わざわざ東京から一家で富士登山に来たものであった。
桜は九州の久留米をはじめ東京の千鳥ヶ淵公園、靖国神社、上野公園等、北海道松前城、札幌円山公園、新ひだか町の二十間道路桜並木等日本全国の桜めぐりが大好きであった。
秋は紅葉を求めてと、日本の美が私のDNAにしっかりと刷り込まれているらしい。

 二昔も前のことである。
私はある組織の長をやっていた。
私の管理する敷地には毎年問題が起きていた。
それは電線の真下に桜が生い茂っていて、電線を保護する伐採作業が必要であった。
その桜は先輩たちが植樹し、後輩たちが何十年もかけて大事に育てたのであり、
その見事な枝ぶりは皆の自慢であった。

 あるとき出張から帰ると、道路周辺がやけにすっきりしており何か変だなと気づいた。
幹の太さが30cmもある桜木が30本あまり切り倒されていた。
下手人は私の部下であった〇管理科長以下20数名
あまりにも想定外のことであり、私は完全に頭に血が上っていた。
私より5歳も年上の彼を呼びつけて、私の許可もなく何故あのような行動に走ったかを問いただした。

 彼は毎年起きている伐採の問題点を解決するためにやったという。
また新しい桜の苗木を植えますので問題はありませんという。

 私は自分の部下を大きな声で叱責をすることはないように努めていたが、この時ばかりは「取り返しのつかないことをやって・・・許せない!」と頭の血管がブチ切れんばかりに声を張り上げた。
普段はふてぶてしい50男も真っ青になってガタガタ震えていた。
それでも治まらずに、優秀だと評価していた〇営繕班長にも「お前がついていながら、なぜ止められなかったか」の問いに終始無言であった。

 私の組織の不始末を上司にお詫びしてこの件は一件落着とした。
怨念は心の中に抑え、じごは整斉と仕事に励むことにした。

 しかし桜の時期になるとあの苦い記憶が甦ってくるのは歳のせいとばかりは言えないね。
毎年見事に咲いていたあの桜の怨念が私に乗り移っているとしか思えないの私だけでしょうか・・・。
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2015年03月17日

メダカといきものがかり

我が家初の観賞用メダカを飼って2年になる。
決して犬とか猫が嫌いなのではなく転勤族の時は物理的にできなかったのである。
私は家の中で動物を飼うのはあまり好きではない。
むかし会社の同僚の家に用事があり、伺った時のトラウマが残っていたのだ。

それは玄関に入った時、傷だらけのベニヤ版が目に入り、ソファーや車の座席に座ったあとは背広が犬の毛だらけになり、ずいぶん不快な思いをしたものであった。
ところが飼い主は「毛だらけでマイッタでしょう!」とあっさりしたもの。
動物好きの女房・子供たちは暮らしが落ち着いたら犬か猫を飼いたいねという。
私は家の中を滅茶苦茶にされるから駄目だとの一点張り。
しかし馬好きの私はできればポニーでも飼いたいなと思っていたが無理な話。

あるとき女房がメダカは手間がかからなくて可愛いらしいよという。 
その言葉を信じてメダカを20匹ほど飼うことにした。
ところが10日から15日で藻が発生し砂利を洗い、ポンプを掃除し水を取り換えるには軽く1時間はかかる。
最初は私の役割であったが、今は女房がやってくれている。
せっせと世話をすると可愛くなるらしく、餌係の女房が近づくとメダカが一斉に集まってくるのだ。それが何とも可愛らしくてせっせと餌をやる女房であった。

我が女房はわが家の霊長類に飯を食わせてみんな立派な体格に育てているように、メダカもすぐに大きくなってお腹も大きくなっている。
あとからのこのこ起きてくる子供の口癖は「孫たちに餌はやったの?」
女房が忘れている場合は、嬉しそうにいつもの2倍の餌をやるのだ。
「これだけせっせと世話をし、確実に餌をやれば太るわな〜ぁ!」と霊長類のボス。
ただのデブポニーにでもしたら、馬が可哀そうなので私の夢は諦めることにした。
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2015年03月10日

ダルビッシュの秘め事に男と女では温度差

我が家は熱狂的とは言えないが、MLBのファンである。
特にマー君・イチローのヤンキース
上原・田沢のレッドソックス
ダルビッシュのレンジャーズ
は良く観ている。

最近、ダルと山本聖子の交際宣言、妊娠4か月が発覚した。
山本聖子が前夫と離婚が成立する前に仕込まれたらしいという噂がながれ、我が家のオナゴ衆は“これは不倫ではないか”古閑美保なら許せるが聖子は許せないとわけのわからないことを言っている。
ところが男としての心境は何も子持ちでなくてもいい女がたくさんいたではないか程度である。

 ダルは前の女房“紗栄子”もデキチャッタ婚であり、今回もデキチャッタ交際とうまく女にしてやられたなというのが、男衆の感想である。
この度、ダルビッシュが右肘靭帯損傷で長期離脱の可能性が問題となっている。
最悪の場合は今シーズン絶望との声もある。

 山本家は離婚再婚については寛大な家風らしい。
父親もKIDも華やかな結婚生活を繰り返している。
姉の美優は浦和レッズのI氏、格闘家のE氏、アルペンスキーの日本代表S氏とでバツ3
妹の聖子はハンドボール日本代表のN氏のバツ1
喧しい世間様は、レスリングの山本姉妹は世界で活躍する男たちの生気を吸い取ってしまい男をダメにしてしまう女ではないかと言われている。
ダルよ!この悪評に負けず治療に励み、半年・1年後にはあの大リーガーをキリキリ舞いさせる雄姿を再び見せてくれ! 
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2015年02月25日

整形美人の韓国 本当は・・・。

「韓国女性が世界で一番美人が多い」とウリナラはいう。
韓国の芸能界、マスコミの女性は確かに綺麗である。
私も10年ほど前までは彼女らのスタイルといい、顔立ちといい
実に美しく好みとも言えたものでした。

ところがnetで韓国関係の記事を読んでいくと若い女性の5割から7割が整形しているという。韓国美人一覧を見たらみんな同じに見えたのは私だけであろうか。
美容整形のCMにでていたのですが、夫婦で整形した美男美女の2人の子供が、どう見ても他人の子どもとしか言いようがない顔立ちであり、まるで大阪のコメディアン千原セイジを子供にした顔である。また角ばった顎を細くするために削った骨が山盛りになっているのを見てゾッとしたものです。

韓国・朝鮮人はなぜこのように美に拘るのでしょう。
確かにソウルと地方の女性の顔立ちは明らかに差がある。
特に地方の若い男女、子供たちは決してかわいいとは言えない。
地方の人たち特に40歳以上の韓国人の顔立ちにDNAを色濃く残しているのではないか。
プサンの魚市場のオバちゃんたち、地方を舞台にした事件もののドラマ、戦争映画の男たち・・・。

 韓国・朝鮮には中国の属国であった高麗・朝鮮王朝時代に悲しい歴史的「屈辱」がある。恥辱の歴史は、5世紀初めまでさかのぼる。高句麗・新羅から中国の北魏に、女子を送ったという記録がある。貢女の献上が最も盛んに行われたのは、高麗後期から朝鮮王朝時代にかけてだった。学界では、国としての献上した貢女の他に、中国の高官が私的に連れて行ったケースを合わせると、数千人に上ると推定している。

 13世紀から国中の美女を毎年のように選抜して中国に連れて行かれる。
残ったのはブスばかりかそれに近いもの、本来劣性遺伝のはずがそれなり以下のものが優性遺伝となって村々に残ったわけである。
ということは韓国人たちの気持ちは分かるよね。

これらは朝鮮日報 2011.04.24 高麗・朝鮮王朝時代の「貢女」の実態から一部抜粋




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2015年02月19日

「KANO」に感動!!!

久しぶりに映画を観に行った。
体調を崩してはいたが、1年後のWOWOW放映まで待てそうもなかったのが、「KANO 1931海の向こうの甲子園」だ。
本作は、甲子園を目指す近藤監督のもと、猛練習に励んだ日本人、漢民族、原住民(高砂族)の混成チームが1931年夏の甲子園で準優勝した実話を映画化したものだ。
戦前の植民地である台湾や朝鮮から甲子園を目指した若者たちがいたということと、
「セデック・バレ」を監督したウェイ・ダーション(魏徳聖)がプロデューサーを務めたということに魅かれ、かなり無理をして映画館に行ったのである。

1929年、日本統治下にあった台湾で、近藤(永瀬正敏)は弱小チーム嘉義農林野球部の新監督に就任する。日本人、台湾育ちの漢人、台湾原住民(高砂族)の混成チームは新監督の導きでそれぞれの能力をフルに発揮し、猛特訓にも必死で食らいついていく。それまで連敗続きだったチームは少しずつ成長を遂げ、部員たちは甲子園を夢見るようになり、混成チームが1931年夏の甲子園で準優勝した実話を映画化したものである。
ひたむきな若者の姿、心無い記者たちからの言葉にもジッと耐える姿、3民族が一つになって闘う姿に鬼監督をわが身に、必死に頑張る若者達にかっての教え子たちを写し、深い感動を覚えたのである。

若者たちの精悍で爽やかな表情、野球選手としての所作も形になっており、見るものに違和感を感じさせない。
植民地に配置された教師たちは選りすぐりの人間が派遣されていたということも表現されていた。
この映画は、野球好きも、青春ものも、遥か彼方に熱い心を忘れたお年をめした方も是非観ていただきたいと思います。
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2015年01月31日

我が家のテニス観戦も終了

つい先日までの我が家唯一の楽しみは錦織圭選手の大活躍であった。
残念ながらテニスの全豪オープン男子シングルスの準々決勝で28日、前回覇者のワウリンカにストレート負けした。
これには私も声なし。
まさかこんな展開になるとは思いもしなかったのだ。
一瞬にして日本のフィーバーは静まりマスコミもあまり騒がなくなっている。
あの熱い男松岡修三も大人しくなった。
しかし”錦織フィーバー”は止まるところを知らず高まっているいうデータもある。

テニススクールで西日本最大規模の江坂テニスセンター(大阪府吹田市)は「未来の錦織」を夢見る9歳以下のキッズ選手の父母から入会問い合わせが春先から増えている。全国24施設でテニススクールを運営するコナミスポーツ&ライフの体験レッスンも申し込みが約2割増えた。
「錦織モデル」のラケットを扱うスポーツメーカー、ウイルソンには全米オープンで錦織がベスト8に進んだころから注文が殺到し、一時在庫が底を突く状態になった。試合を独占生中継した有料BS放送のWOWOWには契約の問い合わせが殺到。テニス関連株の上昇もあり、300億円以上の経済効果を予測するエコノミストもいるという。(産経WESTから一部引用)
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2015年01月19日

横綱の特権 張り差し、張り手、

大相撲初場所◇6日目の白鵬VS遠藤をみてどう思いましたか
日刊スポーツによると、白鵬は立ち合いから、なりふり構わなかった。遠藤の左側頭部に右手で強烈な張り手をかました。フラつく相手に、今度は右肘を曲げてエルボー気味のかちあげを食らわせた。その直後に、右を差されたが、すぐに引き離す。右に回り込み、再び体当たり。体勢を入れ替え、最後は押し出したとある。

白鵬をはじめとしてモンゴル勢が頻繁に使うのが、張り差し、張り手、かち上げ、
エジプト出身の大砂嵐の相撲は張り手連発のまるで喧嘩相撲だ。
相撲の技として許されているのであるからこれに反対するものではない。
角界は上下関係の厳しいところ
横綱が頻繁には張り差し、張り手、かち上げをやるからと言って、格下のものが横綱の頬を殴っても良いといえないところに“日本の美学”がある。
勝負は同じ土俵の上で、同じ条件のもとにやるべきである。
格下のものが遠慮して横綱の頬を叩けないのであれば横綱も張り差し、張り手、かち上げを禁じ手とすべきであろう。
いまや白鵬は大横綱への道をまっしぐらである。
しかし彼を大横綱にするにはいくつかのハードルがある。
・時間いっぱいのバタバタ走っていく塩を取りに行く姿
・張り差し、張り手、かち上げの封印
・懸賞金のタバを持ち上げ、さも勝ち誇ったように観客に見せつける行為
・勝負がついているにも関わらず突き飛ばすダメ押し
今や彼に指導できる親方はいないのか。
北の湖理事長あなたしかいないのですよ。
日本の国技 相撲の美学を守るために頼みますよ!!!
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2014年12月28日

硬い話と心が洗われる天使たちの歌声

徒然なるままに毎日が読書とYOUTUBE三昧の毎日
読書は新しい発見となるほどの源
「韓国人による恥韓論」扶桑社新書
「韓国人による沈韓論」扶桑社新書
 ハンドルネームがシンシアリーという韓国人が書いた2冊の本がベストセラーとなっている。これは韓国人にしかわからない韓国社会の現状と国民性についていろいろな事例をあげて説明している。
「韓国では反日教でないものは社会から抹殺されて生き残れないのである」と決めつけている。(恥韓論)
またセウォル号の沈没事件を例に韓国社会の責任感のなさ、法律の機能不全、集団利己主義、謝罪の概念、外からは見えない韓国の構造的問題等についてわかり易く解説してくれる。(沈韓論)
ただ嫌韓、呆韓、悪韓と毛嫌いするのではなく、彼らは何故反日を国是としているのかその本質を知ることが大事ですね。
「韓国人は何処から来たか」転展社 長浜浩明著
「朝鮮民族を読み解く」ちくま学芸文庫 古田博司著
この2冊を合わせ読むと正しい歴史認識と朝鮮文化の入門編として理解がしやすいと思う。
年末にあたり硬い内容で閉めてみました。

アメリカの日系人社会には日本のDNAを繋ぐ盆踊りがあるように、日系ブラジル人社会には日本の歌を通して日本人のDNA受け継いでいるような気がする。
あるとき日本人の心に沁みる素晴らしい歌声の少女を発見した。
日系ブラジル人 YASUMIN YAMASITA
https://www.youtube.com/watch?v=mRb11XMqHNQ

良く色々な儀式で芸能人が歌う国歌はあまりにもお粗末で品位を汚していると憤りを感じていた。ところが女子高生の国歌斉唱を聞いて感動しました。
今年最後のブログでありますが、彼女の歌声を聴きながら今年の閉めといたしましょう。
女子高生 野々村彩乃の国歌斉唱
https://www.youtube.com/watch?v=3FUNkvMmTNY
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2014年12月04日

「マッサン」の馬鹿さ加減にウンザリ

 最初から予想されていたことだが、大阪のドタバタは度が過ぎる。
ニッカウヰスキー創業者の竹鶴正孝をどのように表現するか期待を持って見ていたが、
失業してからのマッサンはタダの阿呆である。
これほどニッカウヰスキー創業者を貶める必要があったのだろうか。
原作を読んだ限り竹鶴が余市にウイスキー工場を立てるまでに紆余曲折があったことは確からしいが、
これほどの間抜けな行動はとっていないと思うが・・・。
NHKの朝ドラとして見た場合、ワンパターンの嫁姑の葛藤を執拗に演出し、竹鶴の母親を意地悪な姑に作り上げている。
昔の嫁姑がどのようにして人間関係を作ってきたのかを表現したドラマを観たことがない。
鴨居役の堤真一はいい味を出しているが、マッサン役の玉山鉄二は地で行っているのか演技力なのか、
最近はその馬鹿さ加減に不快感しか感じられない。
エリー役のシャーロットは日本人好みの清楚で逞しい心根をもった演技に好感が持てる。
彼女の起用は成功だったと言えるのではないだろうか。
このドラマは現実にあるライバル会社、主人公が現代に生きていた偉人を表現するむずかしさを物語っている。
いま一度原作を読んであらためて「竹鶴正孝」の人間性に触れ直しては如何でしょう。
posted by 木漏れ日 at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

人間の一生はプラス・マイナス・ゼロ

貧乏の子だくさんは、子供が小さいうちは生活費も掛かり所謂貧乏所帯そのものが多い。
しかし親兄弟が仲良く、それぞれが希望を持って育って行き、それぞれが大人になった時はみんなが協力し合い穏やかで豊かな大家族の生活が生まれる可能性が大である。

 子供に恵まれない家庭は世間を渡るときに人の目を気にし、聞きたくもない子供や孫の話を聞かされる。しかし子供を育てる費用は2000万円から3000万円という莫大なものであるが、その分二人の生活費・教養娯楽費等に使うことができ、割り切ってしまえば人生をエンジョイできるのである。

 初めから裕福な環境で育った子供たちは世間一般の弱肉強食の常識を知らず、金で物事が解決できるという安易な考えを持ちやすい。親は仕事に追われ子供との対話が少なく、肉親ではない第三者に教育・しつけを任せることが多い。
その子供が社会の荒波の放り出されたらどうなるでしょう。困難にぶち当たった時は親兄弟が、周りの者が手を差し伸べてくれるのをじっと待っている。
自己解決ができなく、精神的に落ち込むことが多いのが現代青年の特性。

 ゆりかごから墓場までという言葉ある。
人生の終末段階はどのようになるだろう。
親兄弟、親戚の肉親等のしがらみはどうだろうか。
自分は温かい子供たちの愛情あふれる眼差しに見送られるのだろうか。
それとも汚いアパートに一室で、誰にも知られないまま孤独死をするのだろうか。

 自分の人生、山あり谷ありの中で自分にとって絶頂の光り輝いていた時はいつだったろうかと考え、あゝあの時が俺の最高の姿かもしれないと自己満足するほかないのである。
何を幸せの基準にするかといえば、愛する妻がいて、安定した家族生活を送れる子供たちがいて、向後に憂いなく旅立てる人生が最高かな。

 最後に老人介護施設に努める介護士からこんな話があった。
体中に入れ墨を背負った爺ちゃんも、小指のないジイちゃんも、むかしは会社の偉い人だったという人も、私はこんなところにいるべき人間ではないというおばあちゃんも、みんなオシメをつけているよ。
人生の終わりには、みんな白木の箱に入って火炎地獄に入っていくんだね。
posted by 木漏れ日 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月16日

自然食と口内調味は和食の原点

 和食って何だろうと考えてみた。
和食は食材の色・形・受け皿・季節感・旨味・盛り合わせ・調理人の心意気とお客の最高のタイミング・場(雰囲気)の設定等が総合された”食”ではないかと思う。
今は高級感に溢れ、小料理屋の奥座敷や赴きあるカウンターの真剣勝負をイメージするが、

その原点は何だろう。
それは子供の頃、母親が作ってくれた豊かな自然食をそのまま活かした素朴な食材であったような気がする。
北海道の蒸かしたジャガイモを二つに割ってバターの塊をたっぷり乗せコロコロ転がしながらまんべんなくバター味を楽しむ。
カボチャは、マサカリカボチャと言われ出刃包丁か小さな斧で叩き割らなけばならないほど固い小型のカボチャをジャガイモといっしょにホッカホカに蒸かしてくれたのを思い出す。その他にワラビ、ゼンマイ、キノコ、フキ、タラの芽、銀杏、トウモロコシ(とうきび)等季節に即した素朴な食材を楽しませてくれた。
これらを海の幸、川の幸と調和させ豊かな食生活を楽しませてくれていたのだ。
これらの食材が日本料理の原点のように思えるのだ。

 ここで気が付いたことは、日本人は料理を目で見て、味わって楽しむという点ではフランス料理に共通するものがあるのかなとも思える。
いまでは日本中で世界の料理を楽しむことができる。
韓国料理も最近はいろいろな工夫をしてバラエティーに富む料理を出してきた。
だが基本は料理の美しさではなく味で勝負しているのだろうと思う。
盛りだくさんの具を混ぜ合わせて均一の味をたっぷりと楽しませる。これがビビンバだ、サムゲタンだ、料理の美しさよりごちゃまぜの美味しさこそが本場の韓国料理だといっているのだ。

 それに比べて日本の料理は綺麗な器、箸、季節の色彩の美しさ、味の濃淡、一汁三菜を楽しみながらお品書きから今日の料理の趣旨を知る。おかず一つ一つを味わいながらまっ白いご飯とのコラボレーションを楽しむ。これを”口内調味”という
腹に入ってしまえば皆同じだと言う人は韓国式の”猫マンマ”を楽しめばよいし、味一つひとつに拘る人は”口内調味”を楽しめばよいのです。
そういう私もオカズに不満があったり、急ぐときはぶっ掛けご飯で間に合わせることがありますがね。・・・。
posted by 木漏れ日 at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日

遠吠えジーさんとパニックジーさん

お迎えの近いジイサンたちが病院の大部屋にいると
入院者間でのトラブルがあるとよく聞く。

Aさんの場合
昼間はおとなしくて存在感がない。
夜は9時半消灯 23時〜02時は熟睡タイム
ところがこのジイさん 02時にみんながビックリするくらい大きな声を張り上げて
「ウォー」と叫び、そのあと大きな声で意味不明な寝言 独り言をブツブツ
それで収まったと思ったら、04時に同じパターンをやり、時間通りに起こしてくれる。
このジイさん1W 毎日定時にやり続けたのだ。
おかげで我々もそろそろ2時だ、4時だと待ち受けるようになっていた。
生物には体内時計というのがある。
大辞林によると
【外界の物理的条件とは無関係に生物体内に備わっていると考えられる時間測定機構。生物が示す日周期性の概日(がいじつ)リズムはこれによると考えられる。】とある。
まさに正確な体内時計と言える。

Bさんの場合
致命的なのは耳が遠いことと白内障の治療中
トイレ回数1時間ごと24時間 その度にナースコール
その会話は女性特有の甲高い声と「エッ、ナニ?」の繰り返し
看護師も同じことを2度3度
周りの者は堪ったものではない。 

このジイさん 私の隣のベッド 仕切りはカーテンが2枚
いつも睡眠不足の私が珍しく熟睡していると、隣で”ドサッ”と音がしてガチャガチャと金属的な音
そのうちに仕切りとなっているカーテンを掴んで振り回している。
何ごとかと目を覚ました私
自分のテリトリ―だけでなく、私のカーテンや酸素吸入器、イスまで押しのけて入ってきた。
「あなたは何をしているのですか!!!」 と捕まえた。
完全にパニクッているジイサン 自分が何をしているのか分かっていない。
「小便 ショーベン!」という
ナースコールで看護師を呼んでトイレへ強制連行してもらった。
次の日家族が来ても”ご迷惑をかけました”の一言もなかった。
おかげで薬のせいもあるが、6時までNHKラジオ深夜便を聞く羽目になったのだ。

私は自分より10歳以上年上を年寄りとかってに定義している。
しかし、次の特性から3個が該当すれば年寄りといえるかもしれない。

年寄りの特性
・他人の意見は聞かない。
・人恋しい、話し相手が欲しい。
・プライドだけは高い
・若い人には教訓染みたことを言いたがる。
・動作が遅い、耳が遠い、目が薄い等 老醜にコンプレックス

 
posted by 木漏れ日 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月27日

理解してやりたいがこちらの身体が・・・。

病院には4人部屋がある。
最近の入院患者は2・3日から2Wで退院させられ、3Wというのは意外と少ない。
ここには老若男女、各科ごとに集められる。

Aさん80代後半 1人住まいの場合

大腸の疾患と気管支の疾患らしい
病室には看護師の勤務交替のたびに「今日担当の○○です」と患者個人に挨拶に来る。それも1日に3〜4人
彼の持論は医者はキチンと聞いてくれないので、看護師さんに自分のことを知ってもらう。
看護師が挨拶に来るたびに「あのね、僕はね・・・」から延々と始まる。
看護師の質問には答えず追い被せるように一方的に話す。なかなか話が通じないのは当たり前。
看護師が帰ろうとすると次から次へと話しかけ、なかなか離そうとしない。
看護師は次から次へと携帯にお呼びがかかるが、じっと我慢の子である。
周りの患者は毎日これを聞かされる。

この爺さんは一日中 痰がらみ咳をするこれが酷いのだ。
彼は点滴のため4日間食事がないため、人様には無神経
我々の食事タイムの時も「ガァー ペー」「グァー」それに鼻汁を思いきりかむのだ。
病人だから仕方がない面もあるが、昼も夜も頭がふらつくからといって1時間ごと看護師をトイレに付き添わせる。
しかし時々スタスタと歩くこともある。

このジイさん昼も夜も寝ている。
痰絡みの咳は確かに疲れる。
どこにそんな迫力がある息遣いができるのかというくらいイビキがすごいのだ。
昼間はどんなイビキを掻こうが特に支障はない。
夜は”俺でもそんなイビキはかかないぞ!”というくらいの野獣の叫び「ガオー」「グゥワー」の連続であり、看護師がビックリして見に来るほどである。
一勝負終った後は寝言とひとりごとをブツブツ
これを1Wに亘ってやられる身にもなってもらいたい。

人間年齢を重ねるにしたがって他人と話す機会が無くなってくる。
知識と人生経験はいっぱいあるのに・・・。
まもなく自分の人生は終わる・・・。
世のため人のため何かを残したいという焦りがある。
誰かに相手をして欲しいのだ。
結局このお年寄りも人恋しいのだ。



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2014年09月17日

誓いの言葉「病めるときも」編

人生も折り返し地点になると
成人病があり、体幹は鍛えていても腰椎の狭窄症、
若いときの無理がたたって腰椎のすべり症
膝関節の半月板を痛めたり、白内障でレンズを入れたり。

女房に感謝しているのは、現役時代に病気らしい病気は全くしたことがなく
万全の体勢で任務を全うできたことである。
この度、内臓の検査を徹底してやったが、消化器系は全く異常がない。
ここ何年も続けている生野菜ジュース、飲むヨーグルトの成果ではないかと勝手に思っている。

 あるとき女房どのが病と闘っている親友のYさんと電話をしているのを小耳にはさんだ。
「Yさん、結婚式の誓いの言葉を考えたことがありますか・・・。
若いときは考えもしなかったのですが、還暦を過ぎてからいろいろな病気が次から次へと
発症して、夫を支え、夫から支えられて生きているよね。
「病めるときも」は今の私たちを表していると思いませんか。
人生の終盤にかかり、重い意味があったんだよね。」
Yさんは夫への感謝を今一度認識したようでした。
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2014年09月16日

誓いの言葉「貧しきときも」編

我が女房どのは時々面白いことを云う
「結婚式の誓いの言葉は深い意味があるよね」
若いときはうれしくて深い意味も考えずに「はい!」
それから何十年も経って、誓いの言葉を思い出してみると
「貧しきときも」
「病めるときも」というのがある
人生一サイクル60年を過ぎてみると
山あり谷あり平坦の人生ではなく
色々な障害物を乗り越えてきた

「貧しきときも」を振り返ってみると
結節が2つある
子どもの大学教育を考えてみると
オヤジの手取りの半分近くは月々の生活費に持って行かれる
ボーナスの1?0万は授業料で消えていく
大学生は休みが多い
その度ごとに関空から千歳までの航空券を送れと言う
LCCなんてない時代
親の切なる願いは「休みごとに帰ってくるな!」
2年なら許せるがそれが5年も続き、
×2人になった時は親は悲劇的である
親の心 子知らず

2つ目は年金生活になったからと言って
そんなに生活レベルを落とすことができない
特に外向けは季節の便り、冠婚葬祭、そして病気療養
貯金を切り崩す時期が迫っている
じっと我慢の子である
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2014年08月28日

アイスバケツチャレンジは不幸の手紙と同類

アイス・バケツ・チャレンジは体が自由に動かせなくなる難病、筋委縮性側策硬化症(ALS)の認知を高め、寄付を募るための活動。指名された人は、寄付をするか、氷水をバケツでかぶり、その様子をソーシャルメディアに投稿するか、もしくはその両方をやるか選択する。

ビル・ゲイツやネイマール、レディー・ガガ、日本でも孫正義など、世界のセレブを巻き込んで大流行している。
日本の政界にも波及し、みんなの党・浅尾慶一郎代表が安倍晋三首相を指名したとのこと、彼は日本の宰相にお遊びで氷水をかぶれと言うのか。この政治家の軽率さは如何なものか。

私は趣旨はどうあれ、本来他人様から強制されて何かをやるというのは意地でもやりたくないを貫き通してきた。
この流行は善意の押し売りであり、自分の考えはどうあれ世間体を気にする人は拒否できない立場になる。
これは不幸の手紙やチェーンメールと同類である。
指名された人には健康上の問題があるかもしれないし、仕事上の都合もあるかもしれない。
例え寄付をしても世間様には見えないし、結局、パフォーマンスをやらざるを得なくなるのである。

この現象はどこかで打ち切らなくてはならない。
世間が今一度この運動の本質を知ることが大事ですね。
日本人には強制性ある善意の押し売りは似合わないと思いませんか・・・。
posted by 木漏れ日 at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

”屁振り大将”の効用

前回の投稿で”屁振り大将”について記述したが、今回は彼の効用について書きたいと思う。
私には人前でオナラをする習性はない。
他人様のオナラについては厳しいところがある。

”屁振り大将”のKさんが入室する前は、Iさんも、Oさんも辺りかまわず”ブー・ブー”やっていたが、
Kさんのは力を込めて切れ痔になるのも厭わず、親の敵を討つかのように“ヴォー”と大音響なのだ。
女房が面会に来ているときも厳しい一発をカマした。
女房に向かってのオナラだったので、びっくりして目を丸くしていた。

 頻繁に“ヴォー”をやるので、IさんもOさんも気合負けして、
最後には彼らはトイレで可愛らしく”ぶーからプー”に変わっていったのである。
辺りかまわず、ところ構わずの”屁振り大将”の放屁に冥土のみやげに常識を学んだ二人の年寄りいた。
そう云う私はむかし女房に男らしくないと怒られたことがあるスカシッペで匂いを拡散しながら澄ましているのだ。
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2014年08月05日

患者考

病人の特徴として自分中心に世界は回ると勘違いをしている人が多い。
弱者と言われる人もこの世界かもしれない。

以前に入院したことがある。
4人部屋でそれぞれ特徴ある昭和の前半世代であった。
Iさんは〇臓癌で腫瘍が大きすぎて摘出ができないため、抗がん剤を投与して腫瘍を小さくしてから手術となるらしい。彼はいわゆる野球キチガイでバスタオルはファイターズの人気選手の似顔絵入り、タオルケットも野球、読む本も野球雑誌。彼の良いところは明るく周りに気配りができているところ、奥さんが毎日来て夫を元気づけていく、夫婦仲がよく周りで見ていても気持ちが良いのだ。
抗がん剤の副作用で吐き気としゃっくりで食事ができないこと。

Oさんは背中に大きな腫瘍を抱えてそれを切除、現在病理検査中。
彼の特徴は還暦を過ぎて独り身、おしゃべりで周りが見えない。マイペース
1人暮らしの生活が基準で、4時頃から周りに気を遣うことなく何やらゴソゴソ。
起床1時間まえの5時から歯磨きを始める。
同室のものにとっては大の迷惑、彼は歯が丈夫で固いブラシを使っているせいか、ゴシゴシ音が異常なほど高く7〜8分続くのである。手術の日はひっきりなしに看護師を呼んで用事を言いつける。
手術後は5時起き歯磨きはしないだろうと思っていたら、2時起床それから1時間ごとにナースコール。
4時頃からゴソゴソ起きだして騒音をたてる。看護師が他の患者さんがまだ休んでいるので、控えてくださいと云っても変化なし。いつもの時間の5時になったら歯磨きを開始した。さすがの私もプッツンして「歯磨きはDAY-ROOMでやってもらえませんか」と注文、手術後はこんなことはしないでください看護師から怒られていた。

Kさんは入ってきたばかりベテラン癌患者らしい。
この患者さんの特徴は所謂”屁振り大将”
患者さんだからガスを出すことは大事な仕事、ガスが出ないで苦しむ人もいる。
ところがこの方の屁は国宝級とは言えないけれど、重要文化財級である。
普通の人は周りに遠慮しながらスカシッ屁か音を調整しながらやるが、ところがこの”屁振り大将”思いっきり力を込めて大音響の”ブォー”オイオイ切れ痔の心配はないのかよ。といらぬ心配をする私でした。

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2014年07月30日

北海道看護師(婦)考(その2)

北海道の若い女性の憧れの職業は看護師であると言っても過言ではない。
就職には心配はないし、給与は高く年収1000万円を超えるベテラン看護師もいるということである。
私の友人の中でも看護師さんと結婚された方が5・6人はおり、老後も悠々自適の生活を送っている。
わたしは仕事の関係で日本国中をまわる機会があり、いろいろな方と接触する機会があった。

一般論としていえることは、南に行くほど情が深くなると言えるかもしれない。
男を立てながら奥さんがしっかりコントロールをするパターンである。
鹿児島おごじょや上州の空っ風に代表される生き方である。
北海道の女性は昔開拓地であったせいか、バイタリティーがあってサバサバしており男性に頼らない逞しさを感じることが多い。
タダ南の女性に比べてその強さが表面に出ていて、南を知っている男にとって北海道の女性は、情が薄いのかなとも感じることもある。
特に最近の傾向として学校教育での男女平等が行き届いており、むしろ大学教育では女性がリードすることが多く、”男よ、しっかりせよ!”と叱咤激励をしたくなることがある。
男も女もそれぞれの持ち味を活かしせば、もっと光り輝くのではないかと思うことがあるのですがね。

 最近病院関係者と接する機会が多く、気が付いたことは、看護師さんが優しいのである。
物腰が柔らかく、受け答えはベテランも新人も一つのマニュアルに沿って訓練されていることがわかる。
ベテランと新人の違いは何かといえば、気持ちの入れ方だと思う。
「そうなんですか」一つをとらえても、アッサリ優しく答える新人と気持ちを入れて相手の立ち位置に入っていくベテランの受け答えはさすがである。
これではガサツな北海道の男もトンコロリンかも・・・。
北海道女性のサバサバ・アッサリを補うのは看護師さんの優しさかもしれないね。
そんなたわ言を感じる今日この頃でした。
posted by 木漏れ日 at 05:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする