2018年05月20日

英国のヘンリー王子の結婚式を機に考える・・・。

昨夜TVのスイッチを入れたら、いきなり黒人の司祭がアメリカの黒人教会でよくある激しいパフォーマンスで説教を始めた。傍にいた白人の司祭は彼に背を向けたままで頑なに抵抗をしているようであった。それに引き続き黒人のゴスペルよろしく米国映画の主題歌にもなった「スタンドーバイーミー」が披露された。
わたしは呆気にとられながら英国のヘンリー王子(33)と米国人女優、メーガン・マークルさん(36)の結婚式を観ることになった。
伝統ある英国と何か違和感を感じながら「英国も変わったなあ・・・。」
ダイアナ元妃(1997年死去)の死去に関してもエジプト人の恋人との血を断つために忙殺されたとのうわさがあったことを思い出す。
ウガンダ生まれのイスラム教徒。移民や多様性に関する多くの著書がある、ヤスミン・アリバイブラウン(ジャーナリスト、作家)のニューズウィーク誌の文章の中にこんな記事がある。
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より厄介なのは、今でも王室には異人種への悪意や偏見を抱いている人がいることだ。シェークスピアの祝賀イベントで、エリザベス女王の夫であるエディンバラ公フィリップ殿下は私の白人の夫に向き直って尋ねた。「彼女は本当にあなたの妻か?」

昨年12月の女王主催の昼食会にはマークルも出席していたが、ある王族の妻が人種差別的なモチーフのブローチを着けて現れた。今年4月にはヘンリーの父であるチャールズ皇太子が英連邦国民フォーラムで、インド系の両親を持つジャーナリストのアニタ・セティに出身地を尋ねた。「イギリスのマンチェスターです」と彼女が答えると、皇太子は「そんなふうに見えないね」と言った。

新夫のヘンリー自身はどうか。05年には仮装パーティーにナチスを模した格好で登場して物議を醸した。アフガニスタンで軍務に就いていた頃、「パキ(パキスタン人に対する蔑称)」「ラグヘッド(ターバン頭)」といった人種差別的な単語を口にする映像も残っている。

1931年にエドワード王子(後のエドワード8世)は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・ウォーフィールド・シンプソンと恋に落ちた。ジョージ5世の死後、王子は国王に即位した。だが英政府はシンプソンを国王の妻にふさわしくないと判断し、彼は王位を返上した。

ダイアナは王室にさらなる試練を与える前に亡くなった。
一方、チャールズは晴れてカミラと結婚した。離婚はもはや罪でも、越えられない一線でもない。階級の境界も消えようとしている。女王の末息子のエドワード王子は、タイヤ販売業者の娘ソフィーと結婚した。

ウィリアム王子と結婚したキャサリン妃は、元客室乗務員とパーティーグッズの会社を経営するビジネスマンの娘だ。そしてマークルの母ドリア・ラグランドはヨガ教師、父トーマス・マークルはテレビの元照明ディレクター。70年前ならマークルは「王子の妻ではなく愛人で終わっただろう」と評したのは、英誌スペクテーターだ。
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 これらは彼女の文章の一部を抜粋しものであるが、考えさせるものがある。
いま日本の皇室にも皇族と一般人の結婚問題が浮上している。
今上陛下に引き続き3代にわたって恋愛至上主義が問題になっている。
今まではお嫁さんの実家は大実業家から高級官僚、大学教授とそれなりのバックボーンがあるが、真子さまのお相手は生活力もバックボーンとなる方もいない只のハンサムボーイだというだけであり、お母さんは私的に問題を抱えており、出自にも不審なところがあるらしい。
はたして皇室の姫君と結婚するには・・・。
私の結論は「日本の皇室は英国の王室をお手本にはできない」ということ。

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◎「変わる英王室」演出 王子挙式
政治家招かず・黒人ら合唱
【ウィンザー(英国南部)=広瀬誠】英国のヘンリー王子(33)と米女優メーガン・マークルさん(36)の19日の結婚式は、王室の「現代化」を反映し、国民に変化を感じさせた。
 ウィンザー城の礼拝堂で行われた結婚式には、王族や王子の母、ダイアナ元妃 (1997年死去)の葬儀で追悼歌をささげた歌手エルトンーションさんら約600人が出席した。一方でメイ首相をはじめとする政治家は招かれなかった。王子の兄のウィリアム王子の結婚式には、キャメロン首相(当時)が出席した。
 式では聖歌だけでなく、黒人らの混声合唱による米国映画の主題歌にもなった「スタンドーバイーミー」が披露された。城内には王子夫妻が支援する慈善団体の関係者や地元の住民、子供たちなど約2640人が招かれ2人の門出を祝った。
 メーガンさんは米国籍でアフリカ系の母を持つ。白人が占めてきた王室で異例の存在だが、若い世代を中心に王室の変化を好意的に受け止めている。中西部マンチェスターの料理人ルーク・キューザクさん(22)は「王室は英国を象徴する。2人の結婚は社会に応じた柔軟な(王室の)変化を示すと思う」と話した。
 メーガンさんは今後、英国籍を取得するが、英BBCによると、手続きで特別扱いは受けないという。英国に数年住み、英国の社会や歴史などに関する試験に合格すれば、英国籍を取得できる。王室メンバーとなつても当面は米国籍のままだ。
 王室の現代化は制度面でも進み、2013年には男子を優先してきた王位継承権について、性別にかかわらず長子を優先する法改正が行われた。(読売新聞)
posted by 木漏れ日 at 12:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

国際卓球連盟(ITTF)と北朝鮮に振り回された世界卓球

先日 スウェーデンのハルムスタードで行われた世界選手権団体戦で、女子準々決勝で対戦予定だった韓国と北朝鮮の合同チームが急遽認められ、試合をせずに準決勝に出場し、日本にストレートで負けて、合同チームの全員9人が銅メダルを獲得した。
これは誰が見ても合同チームが優位であり、国際ルール上の不正行為を認めさせた。
国際卓球連盟(ITTF)は南北融和の流れに流され、選手たち特に日本選手団の気力をそぎ、公正であるべき国際競技の権威を貶めたと見るべきであろう。
可哀想だったのは日本の選手たちであった。
 大会途中での決定に、ITTFのトーマス・ワイカート会長は記者会見で「ルールは尊重する。そしてルールは変わる。これが答えです。これはルール以上のもので、平和へのサインだ」と話した。
 韓国女子の安宰亨監督は「非常に意義深い。(大会前は)全く予期してなかった」と驚きと歓迎の表情で話した。
今回の平昌オリンピックのIOCのバッハ会長といい、ハルムスタード世界卓球選手権団体戦のITTFのトーマス・ワイカート会長といい、
余りにも政治的すぎるのではないだろうか。
これはきっと最近落ち目のノーベル平和賞狙いに違いないと思うのは”ゲスの勘繰り”だろうか、最も平和賞候補だと下馬評に挙がっているのは、トランプ・キム・ムンの3人であり、どれを見ても品がない連中ですがね・・・。

産経新聞の論説委員「日曜に書く」佐野慎輔にこんな記事が載っていたので敢て紹介しておく。

◎荻村伊智朗ありせぱ・・・
 ルールつて何だろう。
手元の英語の辞書をひいてみると、名詞として「規則」「規定」「決まり」などとあった。
さらに「支配」「統治」とあげられていた。むむっ。
 動詞は、「支配する」「統治する」「抑制する」となる。
 ここで合点がいった。
国際卓球連盟(ITTF)のトーマス・ワイカート会長が強調した言い分の背景である。
■ルール曲げた肩入れ
 先ごろ行われた卓球の世界選手権。女子団体戦の準々決勝を前に、唐突に韓国と北朝鮮が対戦を取りやめ、南北合同チーム・コリアを結成した。
現地からの報道によれば両国選手の入場後、突然アナウンスが流れ、立ち上がったITTF幹部が拍手を送ったという。
公平を前提とするスポーツにあって、決められたルールを特定の参加者に有利に働くよう変更してはならない。
余力を残し、2つのチームの力を合わせて次の試合に臨むことができた合同チーム。統括団体幹部の肩入れは、不公平以外のなにものでもない。
噴出した異論を、ワイカート氏はこう封じ込んだ。「ルールは尊重する。ルールは変わる。これはルールを超えた出来事で平和へのメッセージだ」
ルールの持つもうひとつの意味、国際卓球界を統治する者による抑制にほかならない。
 国際スポーツ界は2月の平昌冬季オリンピックでも、同じことを行い、批判を浴びた。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が主導した女子アイスホッケーでの南北合同チーム結成である。
■前のめりのトーマス
 孤立する北朝鮮が平昌大会前に流した融和ムードは、狙い通りに国際社会の空気を変えつつある。IOCやITTFなど、すっかり取り込まれた。
 バツハ氏は3月末に北朝鮮を訪問。金正恩朝鮮労働党委員長から2020年東京、22年北京冬季両大会参加を取り付け。
「北朝鮮選手の参加を積極的に支援する」と述べた。しかし、そこには拉致問題の進展もみず、依然、核の不安が続く開催国・日本への忖度はない。
なぜ、バツハ氏もワイカート氏も、「機関車トーマス」よろしく、これほど朝鮮半島問題に前のめりに走るのか。
 ふたりのトーマスはともにドイツ出身。東西冷戦時代の分断国家の選手である。自分たちの感じた悲哀をもうこれ以上、南北の選手に味わわせたくないとの思いもあるかもしれない。しかし、個人の感傷と国際機関のトップとしての行動は同じであっていいはずはない。
 今回の卓球騒動の最中、ワイカート氏の4代前のITTF会長、故荻村伊智朗さんの名前があちこちで聞かれた。
1991年世界卓球選手権干葉大会。南北合同チームが結成され、コリア女子は団体戦9連覇をねらった中国を破って優勝した。その裏に荻村さんの力があった。しかし、27年前のそれと今回とでは本質は異なる。
■選手に負担かけるな
 荻村さんに思いを致せば、彼は突然行動したわけではない。
87年にITTF会長に就任すると、翌年のソウルーオリンピックで合同チーム結成をめざした。「ピンポン外交」によって国際社会とつながった中国が意識にあった。しかし、ソウルでは実現できずに、窓口を残し「熟すとき」を待った。
 その間、韓国に20回、北朝鮮には15回も足を運び、厚い氷を溶かした。同時に他の加盟国の理解を取りつけて、理事会の議題に挙げて機関決定。日本の自治体にかけ合い合宿地まで探した。一方で、合同チームを諭した。「大会の前日までは最大限の優遇をする。しかし始まったら、いっさい優遇はしない」
 荻村さんは規則、決まりに従って事を進めた。そこに夢や思い入れはあっても、支配や抑制といった無理はない。昔、聞いた凛とした口調を思い出す。今年の世界卓球。準決勝で対決した日本は合同チームに勝利した。キャプテン石川佳純は北朝鮮選手のカットに苦しみながら勝利、大粒の涙を流した。
「大きなハプニングでプレッシャーはありました」
 押しつぶされそうな思いから解放された涙である。もし日本が負けていたなら、ITTF幹部はどう反応しただろう。
 選手に負担をかける行為は論外である。なぜスポーツは「決まり」「規定」としてルールを定めているのか。荻村さんなら言うかもしれない、雰囲気に流された追従など無責任だと。 

posted by 木漏れ日 at 11:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする