2017年02月28日

お弁当は奥深いなぁ・・・

 先日、ヨーロッパ特にフランスでは日本のお弁当がブームになっていると放送されていた。弁当箱のバリエーションが豊富で可愛らしい容器がたくさん売られていた。
彼らはどこでお弁当のことを知ったのだろうと思っていたら、YouTubeでレシピも拡散されているらしいのだ。
 昭和30年頃だったと思うが、アルマイトの弁当箱にご飯を一杯詰め込んで学校へ通ったものだった。当時は麦飯1〜3+北海道産白米9〜7の割合で、おかずにはジャガイモ・人参の煮つけ、シャケまたはサンマ、タクワンに必ず入っていた。大きな赤い梅干が真ん中に一個の日の丸弁当が定番であった。当時貧しかった開拓農家の子供はジャガイモに漬物だけというものもいた、彼らはそれが恥ずかしくて腕で囲んで隠すようにして食べていたのを思い出す。それでも弁当をもっていける子供は幸せであって、弁当なしの子供は昼食の時間になると運動場の砂場で遊んでいたものだった。中には担任がそっと自分の弁当を食べさせていたこともあった。そんな人情味あふれる時代でもあったのが昭和。

産経新聞の2月26日付けの”「歳時記」お弁当”を見ていたらこんな記事があった。
◆幸せな思い出
 弁当の発祥は、平安時代に宮中や貴族の屋敷で宴席があったとき、身分が下の者に出した食事「屯食(とんじき)」とされる。屯食は米を蒸した強飯(こわいい)のおにぎりのこと。「源氏物語」の中で、主人公・光源氏の元服の場面にも屯食の記述が出てくる。

 戦国時代、陣笠たちが腰の餌袋に干飯を入れて水で戻して食べていたのも弁当の一種だろう。また戦前、日本軍は飯盒に生米を入れて行軍していたという記録もある(私見)

 諸説あるが、駅で売られる「駅弁」の始まりは明治18(1885)年の宇都宮駅(栃木県宇都宮市)とされる。旅館白木屋が梅干し入りのおにぎり2個にたくあんを添え、竹の皮で包んだものだった。
 お弁当は非日常の食べ物にもなった。明治生まれの作家、野上弥生子はエッセー「むすび」の中で小学校の遠足の思い出を書いている。「かまぼこ、玉子焼、それも自家製のかりかりとかたい奈良漬などと食べるこのおむすびがなんとおいしかったらう」。かまぼこや卵が高価だった時代。ごちそうに心をときめかせる童心が伝わってくる。

◆細部に宿る宇宙 
 長い歴史があり、今も進化を続ける弁当。日本鉄道構内営業中央会によると、現在全国各地で約2千種類の駅弁が売られている。東京で開催され、“駅弁の甲子園”と呼ばれる「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」も多くの人でにぎわう。今年は1月12〜24日の期間中、会場となった京王百貨店新宿店の来店者数が通常期より2万〜3万人も増えた日もあったという。

 いまや列車の旅に欠かせない「駅弁」ばかりでなく、働くお父さんに愛情をこめて作る「サラ飯」、おにぎりのようでおにぎりでない具いっぱいの「オニギラーズ」等日本の美味しい食文化が日本中いや世界中に広まっているが、私は”梅干しの入ったおにぎり”さらに言うならば焦げ目の付いた”焼きおにぎり”が一番と思うが如何でしょう!

posted by 木漏れ日 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

スピードスケート女子1500m 3位の高木菜に代わり、5位の中国選手が表彰台とは・・・

スピードスケート女子1500 メートルでは、3位の高木菜に代わり、5位の中国選手が表彰台に立って銅メダルを授与された。
 大会規定で「1か国・地域当たり2選手までしか表彰台に登壇できず、メダルを獲得できない」と定めているためで、4位にも日本の佐藤が入ったことから、銅メダルが順送りされて中国選手へと渡った。大会組織委員会によると、アジアの冬季スポーツ普及を促す目的から、「モチベーション(意欲)にもつながるよう、メダルを複数の国・地域で分け合ってほしい」とアジア・オリンピック評議会(OCA)が求め、過去の冬季アジア大会でも組織委との協議の上でこの規定を採用したことがあるという。
 リレーやチーム競技を除く種目が対象で、順位と記録そのものは変わらない。高木菜は「メダルをもらえなかったのは悔しい思いもあるけど、そういうルールと知っていた。押切と妹が速かった」と話した。(読売新聞)

まだこんな度の過ぎたバカなことをやっていたのか。
このアジア大会が初めて開催された頃は、日本がすべての競技において圧倒的に強かったので、日本が言い出したものである。長い時間準備をし、全力で戦う競技者の立場から言えば何をバカなことを言っているのかという意見もあったやに思うが、慢心していた日本のOCA評議員の圧力できまったと聞いている。

アスリートは高い目標と悔しさがあるから必死に努力するのであり、このルールを作った評議員たちはアスリートたちを侮辱していると思わなかったのであろうか。
今回スピードスケート女子1500メートルでは、3位の高木菜に代わり表彰台に立って銅メダルを授与された5位の中国選手にとっては何も名誉なことではなく、国へ帰っても5位だったにもかかわらずメダリストになったことは報奨金が出る中国にとってはたんなるメダリストであり、彼女にとっては闇市にメダルを売り払っても何も惜しくない代物である。
もういい加減に大会ルールを改める時が来ているのではありませんか・・・。
posted by 木漏れ日 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする